『幻光楼閣』







崩れ逝く塔の頂上。
無機質な石造りの部屋の中、一人の少女が壊れた窓から外を見ている。
その世界には、塔以外にはない。
文字通り「塔」こそがこの世界の全てであって、外など存在しない。
それでも、少女は外をじっと見ていた。
誰かに軟禁されているのか、それとも自分から閉じこもっているのか。
あるいは、誰かの帰りを待っているのか。
私には分からなかった。
分からなかったが、そこにいては少女は死ぬとだけ確信した。

もちろん、声はかけなかった。

かけても意味はないし、自分の身勝手な思いのために世界の調和を崩したくはなかった。
だからただ、その少女が崩れ逝く塔と共に順ずるのを、最後まで見届けることにした。

塔は静かに、けれど激しく崩壊していく。
瓦礫が崩れ落ちて、簡素なベットが砕けた。
床が割れて、本棚がその下に落ちた。
けれど少女は絵画のようにそこを動かず、瓦礫も、奈落も、彼女にだけは決して触れようとはしない。
その何とも奇妙な光景に、私は思わず見とれてしまった。



…けれど、塔は着実に崩壊していく。
ゆっくりと、破滅の侵蝕は止まらずに。
やがては少女の命すら侵そうと。
塔が彼女を傷つけないように振舞うのならば。
塔もろとも彼女という存在を破滅させれば良いといわんばかりに。
塔は、緩やかに崩れ落ちた。



…時間に換算すれば、「一瞬」と表現できる短い時間だったように思う。
けれど、その「一瞬」は、私にとってはあまりにも永かった。
崩れ逝く塔の一階部分。
塔は下から順々に崩れ砕け壊れ死んで逝く。
迫る破滅を見ようともせず、少女はただ何もない外を見ていた。
最後まで瞳の奥に感情は揺り動くことなく。
少女と共に、世界は終わった。



私は世界の崩壊に立ち会ったことへの喜びに打ち震え、同時に、あの少女のことを想って涙した。
そして、気になることがあったので「どこかの誰か」に話かけた。


この「世界」は、滅びてしまったようだが――



問いかけると、どこからか答えが帰ってきた。



――もう一度見てごらん



もう一度「塔」と名づけられた世界を覗いた。
するとそこには、先程と同じように崩壊が間近に迫っている塔と、やはり変わらずに外を見続けている少女の姿。



これはなんだ――



――「塔」の世界だ



――その世界は最初から崩れかけている



――少女は、崩れかける世界の一部だ



――塔は何度でも崩れ落ち、すぐに復活し、また崩壊する



――ずっとそれを繰り返してきたんだ



あの少女に感情は――



――どうだろう?ないかもしれないし、あるかもしれない



背後でガラガラと崩れる音。
どうやら、また「崩壊」が始まったらしい。



いつから――



――この「世界」が始まるより前から





――そしておそらくは、この「世界」が崩れ堕ちた後も





それは、終わることのない呪いと呼ぶべきなのだろうか。
それとも、永遠という名の祝福と言うべきなのだろうか。
どちらにせよ、この「世界」は終わった。
ならば、今なお続く別の「世界」を見るべきだろう。
私は「塔」と名づけられた世界を背に、再び歩き始めた。








私にとっては永かった一瞬。
…彼女にとっては、どうだったのだろうか。
それだけが、気がかりだった。








「塔」

大アルカナの十六。
正位置では苦境,崩壊,破滅,破局,事故を暗示。
逆位置では再生,再建,崩壊,開始,再出発を暗示。