『フラーズンと冬の女王』







ある日、四季の女王が春の女王の城に集まって集まってお茶会を開きました。
女王達は互いに自分の季節の間に起こった面白い話をしてました。
春の女王は優しげにくすくすと笑いながら話しました。
夏の女王は元気にアハハ、と笑いながら話しました。
秋の女王は穏やかにおほほ、と笑いながら話しました。
けれど、冬の女王だけは悲しそうな顔で、ずっと黙っていただけでした。
心配になった他の女神が、冬の女王に声をかけました。

「ねえ、冬の女王」

「何かしら?」

「どうして、あなたはお話をしないの?」

冬の女王は、黙ったまま答えませんでした。
その後も何度かお茶会は開かれましたが、冬の女王はいつも少しも笑わずに黙って座っているだけでした。理由を聞いても決して話そうとはしないので、他の女王達は不思議がっていました。





そして、冬の女王の季節になったある日。
冬の女王の城が近くにある妖精の村では、大変な事件が起こっていました。
冬になってからずっと、妖精の村に吹雪が起こっていたのです。
これでは、外で食べ物を探すこともできません。
妖精達は村長の家に集まって話し合いを始めました。

「いったいどうして、ずっと吹雪が起こっているのだろう」

「もしかして、冬の女王が怒っているんじゃないか?」

一人がそう言うと、他の妖精達もそうだそうだと言い始めました。

「冬の女王はいっつも城に篭って、俺達に挨拶さえしない」

「そうそう。私も冬の女王の姿だけは見た事がないわ」

「大体、暖かい春や、草木が育つ夏、食べ物のおいしい秋と違って、こんな寒 いだけの季節を持ってくる女神なんて、ろくなものじゃない」

みんなそう言ったので、これは冬の女王のせいだと決まりました。
しかし、それではどうするのか、と言われると、途端にみんな黙りました。

「…どうした?何か案はないのか?」

みんな、顔を見合わせたまま何も喋ろうとはしません。
本当は冬の女王の所に行く以外に方法がないことは、みんな知っているのですですが、言ったら自分が冬の女王の元に行かなければなりません。
外は寒く、しかも吹雪が起こっています。
また、冬の城はとても遠くにあります。
何より、一人で恐ろしい冬の女王に会わなければならないのです。
誰も行きたがらないのは、当然でした。
すると、

「冬の女王に吹雪を止めて、って頼めばいいんじゃない?」

部屋にお茶を持って入ってきた小さな子が、そう言いました。
小さな子の母親は慌てて叱りましたが、小さな子は怒って言います。

「何でいけないことなの?間違ってないでしょ?
 冬の女王に止めて、って言うのが一番良いでしょ!?」

「…どうだ?みんな、他に何か方法はあるか?」

もちろん、他に方法があるわけがありません。
みんなは黙って首を横に振りました。

「では、誰が行くんだ?」

みんなは黙ったままです。
と、先程の子が突然、手を上げてこう言いました。

「はい!」

「…フラーズンや。気持ちは嬉しいがね、これは大人の問題なんだよ」

フラーズンと呼ばれた子供は、首を大きく横に振って言います。

「違うよ!村の問題!」

「どちらにせよ、子供には無理なことだよ。
 この問題はすぐに解決するから、フラーズン。
 お前は大人しくお家で待っていなさい」

そう言って、村長はフラーズンを追い出してしまいました。
――当然、その日、その問題が解決することはありませんでした。





翌朝、誰も起きていないうちに、フラーズンは支度を調えて外に行きました。
行き先は当然、冬の女王のお城です。
しかし、お城まで行くには、大きな山と、大きな谷と、深い森と、深い河を越えて行かなければなりません。
それでもフラーズンは、歩きました。

「はあ…はあ…」

しばらく歩くと、大きな山のふもとに着きました。
すると近くで、助けてくれ、と声がします。
辺りを見回すと、なんと雪の下から声が聞こえます。
フラーズンは手があかぎれで真っ赤になるのも構わずに雪を掘り続けると、雪の下から桃色の髪をした、綺麗な女の人が出てきました。

「ありがとう。私は春の女王なんだけど、冬の女王の説得に行く途中で疲れた から雪穴を掘ってその中で休んでいたの。けれど、吹雪で雪穴が崩れちゃっ たのよ。助かったわ」

「どういたしまして。春の女王さん。
 私、春の女王さんの代わりに冬の女王の説得に行きたいんだけど」

「そうね…私も疲れちゃったし、お願いしようかしら。
 でも、大丈夫なの?」

「大丈夫。けど、ちょっと寒いかな」

吹雪のせいで、フラーズンの身体はすっかり冷えてしまったのです。
すると春の女王は、にっこり笑って言いました。

「それなら、私が春の恵みをあなたにあげるわ」

「春の恵み?」

「そう。暖かい春の力。冷たい風もなんのその、ってね。
 ……はい、これでもう寒くないでしょ?」

「ホントだ!春の女王さん、ありがとう!でも、あなたは寒くないの?」

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。春の女神ですからね。
 でも、さすがに疲れたからもう帰ろうかな。
 あ〜あ。こんなことなら、夏の女神にも声をかけておくんだったわ」

そんなことを言っているうちに、春の女王の身体は薄れていきます。

「それじゃあ、冬の女王の説得、お願いね」

「うん。春の女王さん、さようなら!」




春の女王と別れたフラーズンは、大きな雪山を進みます。

「はぁ…はぁ…」

不思議なことに、フラーズンの周りだけは雪も近づかず、みんな避けて行きます。おかげで普通の山道と変わらずに進むことができました。
やがてフラーズンは、大きな谷につきました。
ここにかかっている吊橋を渡れば、次は深い森です。
フラーズンが吊橋を渡っていくと途中で助けてくれ、と声がしました。
辺りを見回すと、なんと吊橋から、今にも落ちそうになっている人がいます。
フラーズンは慌てて、手が痛くなるのも構わずにその人を吊橋の上まで引き上げました。

「ありがと…助かったわ」

金色の髪をした、とても綺麗な女の人がお礼を言いました。

「私は夏の女王なんだけど、お腹がすいてたのでクラッとなっちゃったの。
 そうしたら、吊橋から落ちちゃったわ。危なかった。ありがとうね」

「どういたしまして。夏の女王さん。
 私、夏の女王さんの代わりに冬の女王の説得に行きたいんだけど」

「そうね…私もいい加減、お腹がすいて倒れそうだし、お願いしようかな。
 でも、一人で大丈夫なの?」

「大丈夫。けど、ちょっと疲れちゃったな」

今までずっと歩いてきたので、フラーズンはもうへとへとでした。
すると夏の女王は、にっこり笑って言いました。

「なら、私が夏の恵みをあなたにあげる」

「夏の恵み?」

「そう。熱い熱い夏の力。疲れなんてふっ飛ばせ!ってね。
 ……はい、これでもう疲れはないでしょ?」

「ホントだ!夏の女王さん、ありがとう!でも、あなたは疲れないの?」

「心配してくれてありがと。でも、大丈夫。夏の女神だもん。
 でも、さすがにお腹が減りすぎたからもう帰ろうかな。
 あ〜あ。こんなことなら、秋の女神にも声をかけておくんだったな」

そんなことを言っているうちに、夏の女王の身体は薄れていきます。

「それじゃあ、冬の女王の説得、お願いね」

「うん。夏の女王さん、さようなら!」




夏の女王と別れたフローズンは、吊橋を渡って、深い森を進みます。

「はぁ……」

不思議なことに、フラーズンは足場の悪い森の道を歩いているのに、まったく疲れを感じませんでした。まるで、体の中に小さな太陽があるようです。
やがてフラーズンは、大きな河の前につきました。
河はすっかり凍っていて、一面に氷が張っています。
フラーズンが河を渡っていこうと氷の上に乗ろうとすると、どこからか助けてくれと声が聞こえます。
辺りを見回すと、なんと氷の下から声がします。
フラーズンは慌てて、足元の氷を石で壊し始めました。
すると氷の下から、栗色の髪をした綺麗な女の人が寒そうに震えながら上がってきました。

「ありがとうございます…助かりました。
 私は秋の女王なのですが、あまりにも寒くて倒れてしまったら、薄い氷を割 ってしまったらしく、そのまま河に落ちてしまったんです。
 本当にありがとうございました」

「どういたしまして。秋の女王さん。
 私、秋の女王さんの代わりに冬の女王の説得に行きたいんだけど」

「そうですね…。私も寒くて倒れそうですし、お願いします。
 …ですが、一人で大丈夫なのですか?」

「大丈夫。けど、ちょっとお腹が減っちゃったな」

一応、食べ物は持ってきたのですが、もうお腹はペコペコです。
すると秋の女王は、にっこり笑って言いました。

「なら、私が秋の恵みをあなたにさしあげます」

「秋の恵み?」

「はい。豊穣の力。あらゆる飢えはここに癒されます。
 ……はい、これでもうお腹は減っていませんね?」

「ホントだ!秋の女王さん、ありがとう!
 でも、あなたはお腹が減らないの?」

「心配してくれててありがとうございます。
 でも、大丈夫ですよ。夏の女神ですから。
 …けれど、もう寒いので帰ります。
 …こんなことなら、春の女神にも声をかけておくんでしたね」

そんなことを言っているうちに、秋の女王の身体は薄れていきます。

「それじゃあ、冬の女王の説得、お願いします」

「その前に秋の女王さん、ちょっといい?」

「はい、何でしょうか?」

「さっきそこで、春の女王さんと夏の女王さんにあったんだ。
 それでね、春の女王さんは夏の女王さん。夏の女王さんは秋の女王さんに声 をかければよかったなって言ってたよ。
 …最初から、みんなで行けば良かったんじゃない?」

秋の女王は驚いたような顔を浮かべ、そして本当に嬉しそうな顔をしました。

「そうですね。自分一人で大丈夫だなんて思わなければ良かったですね。
 一人では弱いから、誰かの力を借りないといけないのに」

「うん。私も、みんなの力を借りてここまで来たんだよ!」

「…そうだ。あなたのお名前は?」

「フラーズン!」

「そう、フラーズン。本当にありがとうございます。
 私はもう帰りますけれど、冬の女王を怒らないでくださいね。
 彼女は優しい人だから、これにはきっと理由があるんです」

「わかった」

「それでは、今度こそ本当にさようなら」

秋の女王は穏やかに微笑みながら、ゆっくりと消えていきました。



「おっとっと…」

秋の女王と別れたフラーズンは、凍った河を滑りながらも何とか渡り、城を目指して歩き始めました。
不思議なことに、さっきまでぐーぐーと鳴っていたお腹は、今は全然鳴っていません。お腹は常に、程よく満腹でした。
やがてフラーズンは、氷でできた冬の女王の城につきました。
中では蒼い髪をした美しい冬の女王が、ぐっすりと眠っています。

「あの…」

フラーズンが声をかけても、冬の女王はまだ眠っています。
そっと近づくと、冬の女王は涙を流しながら眠っていました。
フラーズンが驚いて息を呑むと、

「……誰?」

突然、冬の女王が目を覚ましました。
フラーズンは名乗った後に、冬の女王に聞きました。

「どうして、吹雪を起こしたの?」

「…吹雪?なんのこと?」

冬の女王は不思議そうな顔をしています。
フラーズンが今までのことを説明しても、ますます不思議そうな顔。
そこでフラーズンは、別の質問をすることにしました。

「雪の女王さん。もう一つ聞いていい?」

「…どうぞ」

「あなたは、どうして涙を流しながら眠っていたの?」

冬の女王は悲しそうな顔で俯いた後、ポツリと言いました。

「寂しかったから…かな」

「寂しかった?」

「ええ。私は暖かな春でも、熱い熱い夏でも、実りの秋でもない。
 寒くて冷たい、冬の女王なのよ。
 だから、他の女王と違って私に会いに来る人なんて一人もいないし、誰も私 に感謝なんかしない。むしろ、ずっと恨まれるだけだったの」

「だから、あなたは眠ってたの?」

冬の女王は頷きました。

「…そうね。せめて夢の中だけでも誰かと友達になりたいなって思ったの。
 他の女王達とは仲が良いけど、一年に一回しか会えないから」

「…なら、冬の女王さん、私がお友達になってあげる。
 だからね、そんな悲しそうな顔しないで」

「……いいの?」

「うん。あ、でも、ここってお家から遠いんだよね。どうしようかな…」

すると冬の女王は、嬉しそうな笑顔を浮かべて

「なら、私が冬の恵みをあげるわ」

「冬の恵み?」

「ええ、冷たく寒い冬の力。雪と風は、あなたの元に。
 …はい、これを使えば、雪と風があなたに協力するわ。
 これなら、風に乗ってすぐここまで来れるわよ」

「ありがとう。冬の女王さん。
 冬の女王さんも、たまには私の家に来てね」

冬の女王は、にっこりと笑って言いました。

「ええ、必ず行くからね」



風に乗って、フラーズンは村に帰りました。
もうすっかり吹雪は止んでいます。
フラーズンがみんなに報告しようと走り出すと、後ろから肩を叩かれました。
振り返ると、村長が嬉しそうな顔をしてそこに立っていました。

「ああ、フラーズン、どこへ行っていたんだ?
 まあいい、見ろ!吹雪がすっかり止んでいるぞ!」

「うん。冬の女王さんのところに行って聞いたんだけど、冬の女王さんがわざ と起こしたんじゃないんだって。
 たぶん、偶然なんじゃない?」

「冬の女王の城に行ってたのか…しかし、良く一人で行って帰って来れたね」

フラーズンは首を振って言います。

「ううん、一人じゃなくって、女王さん達の力を借りたの!」

「なんと!女王様達が力を貸してくれたのか!
 …まあ、当然だなあ。フラーズンはまだ小さいんだから。
 一人じゃ何もできないのは当然だなあ」

「そうだね、村長さん。私はまだ小さいから、一人じゃ何にもできないんだ」

フラーズンはにっこりと笑ってそう言いました。



「あ、お母さん、見て!雪が降ってるよ!」

「あら、またフラーズンの予言が当たったわ。
 この分なら、明日は思いっきり雪で遊べるわね」

「うん!」

明日が待ち遠しいのか、ベットの中でもフラーズンははしゃぎっ放しです。

「ねえ、お母さん。お願いがあるんだけど、良い?」

「何かしら?」

「明日、お友達を家に連れてきて良い?」

「ええ、いいわよ。誰なの?」

フラーズンはしばらく考え込んだ後に、言いました。

「秘密!」

「秘密?…そうね、いいわよ。
 それよりフラーズン、いい加減にもう寝なさい。
 明日、朝寝坊しても知らないわよ」

「は〜い」

灯りが消され、フラーズンは静かに眠りました。

…雪はしんしんと積もります。

雪の中、フラーズンの家を見上げる、蒼い髪の女の人がいました。








「女王」

大アルカナの三。
正位置では豊穣,繁栄,出産,実利,女性的魅力を暗示。
逆位置では浪費,無駄,過保護,優柔不断,利己的を暗示。