『恋に恋する』






事の発端は昼休み。
いつものように一緒に昼食をとろうと親友――鹿山恭子の教室へ向かおうとした時のことだった。
何故かその日に限って恭子の方が私の所に来て、塩らしく「相談があるの」何て言いやがったものだから、仕方なく友達を教室の外に追い出して、誰もいないことを確認してから「で、何なの?」と問いただした。
まあ、2月14日に恋多き親友から打ち明けられる悩みなど、考えるまでもないのだが。というか、5歳の時からずっと打ち明け続けられていた。
内容はいつも決まって――
――実は、チョコあげたいんだけど…
――渡す勇気がない、と?
――うん。手伝ってくれる?
…が、今年に限っては何も言わず、ただ黙ってカバンの中から大きな袋を取り出し、その中身を私の机の上にぶちまけた。

どさどさどさ

「…何これ。友チョコ?」

机の上には10個くらいのチョコがあった。
丁寧に数えてみるとちょうど13個。私の年齢と同じだけあった。
これは、あれか。いわゆる「歳の数だけ〜」というやつか。
あれは花束だけかと思ったが、最近の若い者の間では歳の数だけバレンタインチョコを送るのか。贅沢な。などと勝手に思っていると、

「違うよ〜」

速攻で否定された。しかも照れ笑い。

「友チョコじゃなくて本命チョコ」

ビシ、と、私と恭子の間に見えない亀裂が走ったような気がした。
あまつさえ、全部手作りなんだよ〜とまで付け加える。
…これはあれか。そういうことか。そうなのか。
いやしかし、それはいくらなんでも早計というものであろうが――では他にどんな意味があるんだと自問してみるが答えはない。
となるとこれはあれか。私宛ての本命チョコなのか。しかも13個。
……OK。落ち着け私。
さて、どうやって断るべきなのだろうか。
…困った。そんなの今までの人生で一度たりとも考えたことが無い。

「でね、私、今年は13人にこのチョコ送って告白しようと思うんだ。
 彼氏が欲しいからね!今年の私は手段を選ばないよ!
 さすがに13人のうち1人くらいは――って、どうしたの、ミド?」

「(…『これからも良いお友達で』…いやでもそういうのは中途半端で嫌だし それともキッパリと『恭子の気持ちには答えられない』…かな?
 ああ、でもそれだと恭子、ものすっごい傷ついちゃうだろうなぁ…。
 やっぱり冗談めかして『私そういう趣味ないから』…は失礼だし)」

思考回路をフル活動させてこの絶体絶命の危機の回避方法をシュミレートするが、良い案はまったく思い浮かばない。
どうしたものやら…

「あの、ミド?碧?碧ちゃん?碧様〜?」

「……あ、ごめん。恭子。聞いてなかった」

「だからさ、私、告白――」

「それは分かってるから。
 あの…どうしてそういう気持ちになったのか教えてくれる?」

少なくとも恭子は――多分だが――去年まではノーマルだったはずだ。
この一年間、彼女がそっちの道にはまるようなことは何もしていないし、その心当たりもない。

「どうしてって…理由は特にいらないと思うけど」

実にもっともだ。
恋に理論をもって対応できたら、そいつは頭がどうかしている。

「じゃ、質問を変える。最初にドキッとしたのはいつ?」

「ええ〜?全部言うの?恥ずかしいなぁ…」

…そんなにあったのか。気付かなかった。

「えぇと…恥ずかしいから名前は言わないでもいい?
 後、全部言わなくてもいい」

「?ああ、人名は出さないってこと?もちろん、両方ともいいよ」

「んとね。例えば…サッカーの後で水を飲んでいる時とか」

「…うん」

「後、バスケットボールでシュート決めた時とか。
 テニスでサービスエース取った時のガッツポーズとか」

「…スポーツだけなの?」

なら、私は今後一切スポーツをやめるぞ。
もう手遅れかもしれなくても。

「他にもね、廊下ですれ違った時とか。
 放課後の教室で窓の外を見ている時とか。
 お弁当をおいしそうに食べている時とか」

「…良く見てるなぁ」

「うん。前々から、気になってはいたからね」

いつからだ、などとも思うがあえて触れないでおく。

「それと、路地裏で怖そうな不良を3人まとめてKOしちゃった時とか」

「…は?」

…不良?しかも3人?今時、そんなことできないっつの。
これは……この子の、妄想か何かなの?

「後は――これもスポーツになっちゃうけど、バーベルを持ち上げた時とか。
 あの汗がたまらなくって……それに、あの筋肉も凄かったなあ」

…何?バーベル??
しかも汗フェチ??加えて筋肉フェチ???

「…いや、まあ……もういいや」

これ以上聞くのが怖い。
いつから彼女は、あんな妄想癖を持つようになったのだろう――。
…まさか隠れてヤクなんてしてないよなーとちょっぴり不安になる。

「というか、ほとんど言っちゃったね」

えへへ、と可愛らしく笑う。
…いや、可愛らしくはあるけど、それは子供っぽいという意味であって、決してそういう意味ではない。

「あー…そのさ、恭子。悪いんだけど…」

「何?」

純粋無垢な瞳が覗き込む。
う……いやしかし、中途半端な態度でより傷つけるわけにはいかない。
ここは心を鬼にして――

「悪いけど、恭子と…付き合うことはできないんだ」

「どうして?何か今日、用事があるの?」

「?」

理解ができない。
というより、ひょっとしたら私、凄い勘違いをしているんじゃ――?

「……ええと、ごめん。どういう意味?」

「だから、これから告白しに行くんだけど、手伝ってくれないの?」

「…なんだ」

ホッとした。心の底からホッとした。
と同時に、そんなことを考えていた自分に赤面した。
――何考えてるんだ、この脳味噌は。

「?」

恭子に不思議そうな目で見られた。





結果を先に言えば。13個のチョコはいつものように全滅だった。
否、いつものように全滅よりなお性質が悪い結果を迎えた。

「…なんで、こうなるかな」

小さな公園の冷え切ったベンチの上。缶コーヒー片手に恨めしげに呟く親友。
一応、あははーと気の抜けた笑いを返す。
…まあ、毎度毎度のことなのでいい加減慣れたが。
彼等の解答は、要約すればみんな同じだった。
「君となら付き合ってもいいよ」
…だから、自分であげなさいってあれほど言ったのに。
これはある意味ではかなり理不尽な怒りである。怒りではあるが、チョコを渡すと一度請け負ってしまった以上、何とも言えない気まずさがある。

「去年も一昨年も」

「だから自分であげてねって言ったじゃない。
 私からあげると話がややこしくなるからって」

「…それはもういいよ。
 十三人の大半がミドに傾いたのは私の責任でもあるんだし。
 …私が怒ってるのはもっと別なこと」

どうも嘘はついていないようだ。
だが、それ以外に私は彼女を怒らせるような行動は――あ、あれか。

「なんでミドちゃん、皆振っちゃったの?」

「…興味ないから」

「嘘つき。この前、好きな男の子の話をしたじゃない。
 四柳先輩なんて、ミドちゃんの好みど真ん中ストレートゾーンじゃない」

まあ、確かに彼は、私の言うところの「背が高くて紳士的で頭が良く、古めかしい趣味を持った人間」そのものではあるが。

「男に興味がないとは言ってない。私が興味ないのはあいつらなの。
 好きでもない奴と付き合ったって意味ないでしょ?」

「…まあ、そうだけど。いいの?彼氏できなくて」

「彼氏は作るもんじゃなくてできるものなの。
 無理に作って遊んでしこり残すよりは、馬鹿みたいに一つを貫いてみたいっ て思わない?思わないか」

恋多き女だからな。
そう思ったが、以外にも彼女は素直にこう言った。

「ううん。私もその気持ちは分かるかも」

「…本当に?」

あからさまに疑ったような目でじろじろと眺める。
…この娘が一つの愛を貫く姿など、とても想像できない。

「うん、だって私、篠崎君から受けた…何て言うんだろ。電波?
 他のとはまるで違ったもん。もう、全力投球!みたいな」

「…いいけど、『電波』は止めた方がいいよ。例えが悪いから」

微妙に頭のネジが緩んでいるような気もするけど、とは言わないでおく。
と、恭子がじっとこちらの目を覗き込んだ。見透かされたような瞳。

「ミド。実は黙ってたんだけどさ」

一瞬、まさか愛の告白では、などとも思ったが、すぐさま否定する。

「私、実は告白しちゃったんだよね」

「…いや、今日さんざんしたじゃない」

「そうじゃなくて、去年、私一人で」

……それは驚くべきことである。
彼女が一人で告白できたなんて、今までずっと知らなかった。

「誰?」

「篠崎君。いいって言ってくれて、今付き合ってる」

…わーお。たしかにこれはドッキリ発言だ。
何がドッキリかって、そんなことを私にずっと黙っており、しかも今日、この私にバレンタインチョコを伴った愛の告白を13回もさせたことだ。

「…いや、ミド。ごめん。悪いって思ってるからそんな顔しないで。
 今、ちゃんと全部説明するから」

「説明?釈明の間違いじゃない?」

「いや、違いが良く分からないけど。
 …あのね、今まで話さなかったのは、ミドに悪いと思ってたからなの」

…それは、あれか。
彼氏がいない私に彼氏がいますなんて発言したら私が嫉妬に狂うと思われていたからなのだろうか。
ちょっぴりブルーになっていると、恭子が慌てて言った。

「別に深い意味はないんだよ!?ただ、言いにくかっただけなの!」

「……それじゃあ、今日のことは?」

「相変わらず立ち直りが早いね。
 今日のチョコはね、私のためじゃなかったんだよ」

「…は?」

じゃ、誰のためだと――

「まさか、私に彼氏を作らせようとして…」

「うん。迷惑だったみたいだけど」

「…ひょっとして、今までのはずっと?」

「うん。5年生の時からは予め自分で渡してた」

「…それは、放っておくと私はチョコ渡さないから?」

「それもある。だってミド、義理チョコどころか友チョコすらないじゃない。
 でも、最大の理由は、さっきも言ってたけど彼氏かな。
 ミドって、意外とオクテだもん」

…いや、とりあえずは周囲にめぼしい男がいないからなのだが。
それに私、チョコとかの砂糖菓子は嫌いだし。

「…ありがとう。迷惑だけどその気持ちはありがたいよ」

「ん。来年は頑張ってね」

「いい男見つけられたらね」

まだ人生は長いだろうし、そういうものは今でなくても良いだろう。
そういう人に出会うまで、私のバレンタインは無期限休業になるだろう。
来るかどうか分からないその日を待つ――。
一つ、苦笑した。
これではまるで、私が、その日に恋をしているみたいではないか――と。

「そろそろ帰ろ」

「ん」

ベンチから立ち上がり、恭子はゴミ箱に空き缶を放り込んだ。
夜に響いたカラン、という音が、何故か私の心に響いた。








「恋人」

大アルカナの六。
正位置では決断,恋愛,友情,出会い,交際の始まりを暗示。
逆位置では失恋,曖昧,消極的,成り行き任せ,見込み違いを暗示。