『ある春の日に・2――交差する絆――』







突然現れた、綺麗な髪をした少女を見る。

「……」

敵ではない。少女は怯えている。
演技の可能性を考察……否定。怯えは本物。
第一、わざわざ自分を狩りに来るほどの物好きなどもういないだろうし
また、この少女が刺客であると仮定しても、問題はない。
騙されて死ぬなら、それでもいい。特に命に執着があるわけでもない。

「あ……」

視界の隅で、先程吹き飛ばした魔物が立ち上がる。
瞳には怒りの色。どうやら、諦める気はないらしい。
それはそれでいい。
オレはオレの命だけでなく、他者の命にも興味はないのだから。

「ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」

飛び掛る魔物の首を掴み、そのまま空中に吊り下げる。

「…惜しかったな」

ごきり、と。
何かが砕ける音と共に、魔物から、力が抜けた。







ダーマ神殿東部にある、深い森。
その森は街道から大きく外れており、加えてそのすぐ近くにダーマ神殿があるため、ここを訪れる旅人は少ないが、この近辺に住む子供にとってみれば、比較的魔物の少ないこの森は、絶好の遊び場である。
が、いくら魔物が少ないとはいえ、ここが森である以上、多少なりは危険がある。

「あれ……みんな、どこですか?」

例えば、遭難。
どんなに小さかろうが見知っていようが、生まれた頃から森に暮らしている人間でもない限りは、僅かに道を外れただけでも迷う可能性がある。
道を外れた人間が、今までこの森に来たこともない人間ならばどうなるのか。
それが旅の知識があるのならば、あるいは星や切り株で方向を知ることもできるだろうし、そうでなくても数日間は森で生活できるはずである。
しかし、今現在、ここで道に迷っているのは、フォズ大神官である。
年に似合わず豊富な知識を備えているが、始終を神殿の中だけで暮らす予定の彼女の知識には、森に迷った時の対処法など含まれていない。

「ど、どなたかいらっしゃいませんか〜!?」

不安を形にしたような声で叫ぶ。しかし、数度繰り返しても反応はない。
辺りを見回しても、人間どころか生き物の影すら見当たらない。
そして、道順を辿ろうにも、夢中になっていたため良く覚えていない。

「ど、どうしよう…」

突然のことに、軽くパニックになりかけるが、そこは幼くして大神官にまでなった身。すぐに己を取り戻して、これからどうするべきかを考える。

「…今、何時なんだろ」

神殿を抜け出したのが正午。そこから近隣の村につくまでで半時間。
入口付近で遊んでいた子供たちの輪に加わり、この森まで来るのに半時間。
森でかくれんぼをして遊んだ時間は、時間感覚が正確ならば約1時間。
大雑把に計算すれば、今は大体2時ごろ。
太陽の位置から判断しても、それほどずれてはいないだろう。
…後2時間ほどで帰ることができれば、それほど大きな問題にはならない。
滅茶苦茶に怒られるだろうが、大騒ぎにはならないだろう。
だが、もし今日中に帰れないのなら。どれほどの騒ぎになるのだろうか。
想像して、身震いする。

「は、早く帰らないと…」

とりあえず、ぼやけた記憶を頼りに進むことにした。
無論、フォズ自身も無謀であることは百も承知しているが、大騒ぎになるよりはよっぽどマシである。
幸いにも、フォズは賢者に成り得るほどの卓越した魔道士であり、加えてこの森の魔物は弱く、また、数も少ないと聞く。
ならば、多少の無茶は難なく切り抜けられるはず。
そう考えて、歩き出し――

「え……ひゃああああああああっ!?」

三歩目で、その判断を後悔した。








「う……」

ベットに横たわる女神官の眉が、ぴくりと動く。

「お、目は覚めたか?」

その質問には答えず、しばらくの間、彼女は天上を虚ろな目で見上げていた。
が、段々と頭がハッキリしてきたのか、瞳に理性の光が戻る。
と、突然、ガバッと起き上がって、カシムの胸倉を掴み、そのまま空中に釣り上げた。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!?」

「カシムううううううううううううっ!!!」

「は、はい!!!」

「何であなたがこんな所にいるんですかっ!さっさとフォズ様を探しに行きなさいほら早くさっさと今すぐにああ可哀想なフォズ様は今頃きっと泣いていらっしゃるに違いありませんええきっとそうですいやもしかしたら悪漢どもに変なことをされているかもしれませんああおぞましいそうだすっかり忘れてた私が眠っている期間はどれくらいですか一日ですか一週間ですか一年ですかもフォズ様は無事な」

「落ち着きなさい!!」

神官長が一喝すると同時に、女神官がビクッと震えて押し黙った。

「フォズ大神官は未だ帰ってきておりません。
 しかし、フォズ大神官はメモに『夕方までには戻る』と書いてありますし、 また『遊びに行く』と書いてありましたから、近隣の村のどこかでしょう。
 万一に備えて、親衛隊の一部を捜索に向かわせています。
 むしろ、あなたが騒ぐことで不安を――何ですか、カシム?」

「神官長…そいつ、聞いてませんよ」

再びベッドに横たわり、今はピクリとも動かない女神官を指差す。

「む……どうしてまた。ひょっとして先程の大声で気絶を?」

「いえ、どちらかと言えばその直後に行った当身が原因かと」

「…彼女なら耐え切れるかと思ったのですが」

カシムはその時の様子を思い出す。結論。
……いや、流石にフライングデビルを殺せるほどの勢いじゃ無理だな。
むしろ、常人ならば5体が先程の扉のように吹き飛んでしかるべき一撃を、気絶で済ませるこの女神官の頑強さには敬意を表さねばなるまい。

「まあ、何にせよ静かになったのでよしとしましょう」

「そうですね」

こくこくと、ギャラリーも賛同の意を表明する。
…その相貌がどこか青白く感じるのは、カシムの気のせいではないだろう。

「…ではカシム。私は職務に戻りますので、フォズ様が帰ってきましたら連絡 してください」

「はい。わかりました」

それだけ言って、神官長は職務に戻っていった。
その後姿を、カシムは黙って見ていた。

「……」

…神官長の様子には、フォズ大神官を心配する様子は見られない。
女神官は行き過ぎとしても、普通ならば多少は動揺するはずなのだが、神官長はいつもと何ら変わらなかった。
それが彼の冷静さにあるのか――それとも、フォズ大神官が亡き者になった方が自らの利益になると考える故か。それは、誰にも分からなかった。








「ギャウッ…!!」

腹部に巨大な孔を開けた魔物が、血の塊を吐きながら絶命する。
これで残りは3体。新手はもう来ないだろうが、未だ引く気配はない。
チ、と舌打ちをする。

――どうして、その命を無駄にする――

意味がないので口にこそ出さなかった、忌々しげに顔を歪ませた。
と、背後から一体、側面からもう一体が同時に飛び掛る。

「ふん!!」

腕を伸ばしたまま上半身を半回転させて側面の一体の顎を砕き、背後の一体を正面に見据える。
が、涎の滴る牙は、既に眼前まで迫っている――!

「ガウッ…!?」

だが、牙は眼前まで迫りながらもそこで停止する。
届かない。
届くわけがない。
魔物は未だ気付いていないようだが、脾腹を、腕が貫いている。

「ガ……?」

届くことのない牙を光らせながら、魔物の意識が闇に堕ちる。
これで残り2体。
確認するや否や、先程吹き飛ばした一体が再び飛び掛る。

「――!」

これを身を捻ってかわして、脚を掴む。
そのまま反動をつけて、容赦なく魔物を大地に叩きつける。

「ギャ………!!!」

凄まじい音を立てながら、魔物が肉塊へと変貌を遂げる。
と、視界の隅で何かが動いた。
目を向ける。
綺麗な髪をした、少女がいた。



to be continued 「STAR」








「力」

大アルカナの八。
正位置では意思・気力・独立・根気・積極的な姿勢を暗示。
逆位置では破棄・無謀・過信・妥協・現実逃避を暗示。