『モノガタリ』







ようこそ、物語の世界へ。
私はここの案内人として創られた、ただの耄碌した老人にございます。
姿や年齢、性別などについては問わないで頂きたい。
私はあくまでこの狂った「モノガタリ」の案内人。
物語の中で物語る、語り部なのですから。「私」などに意味はございません。
故に、私の姿など最初から「考えられて」おりません。
私は案内人とか語り部とかの以前に、ただの「登場人物」なのですから。
…しかし、それ故にあらゆる姿を持てるとも言えますがね。

…さて。この物語が「中断」される前に、そろそろ物語を始めましょう。
と言っても、ここで語るのはあなた方の世界に実在する物語。
あるいは聞いたことのある物語に出会うこともあるかもしれません。
ですが、あなたの物語と私の物語は、果たして同じものなのでしょうか?
それを考えるために、まずご紹介するのは――この話にしましょうか。



昔々、ある所にお爺さんとお婆さんが住んでおった。
ある日、お爺さんは山へ芝刈りに。お婆さんは川へ洗濯に行った。
お婆さんが選択をしていると、川上から大きな桃が流れてきた。
「まあ、大きな桃だこと」
その桃が欲しくなったお婆さんは、桃に呼びかけた。
「桃さ、桃さ、こっちゃこ、こっちゃこ」
桃はお婆さんの近くまで流れてきた。
お婆さんは何とか桃を家まで運び、お爺さんを待った。
お爺さんは帰ってくると仰天して「これはうまそうな桃じゃ」と喜んだ。
お爺さんが包丁で桃を割ると、なんと中から可愛い赤子が飛び出してきた。
子供のいない二人は喜んで、子供を「桃太郎」と名づけて大切に育てた。
桃太郎はすくすくと大きくなっていった。
やがて都で鬼が暴れまわっているという噂を聞きつけた桃太郎は、お爺さんとお婆さんに、鬼退治をするから旅の支度を整えてくれるように頼んだ。
二人はもちろん止めたが、桃太郎は聞く耳を持たない。
しょうがないから、お爺さんは倉庫から刀を。お婆さんはきび団子を作って桃太郎に持たせて、旅に出させた。
意気揚々と進んで行く桃太郎の前に、腹を空かせた一匹の犬がいた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。そのきび団子を分けてください」
桃太郎が犬にあげると、犬はとても喜んで、
「ありがとう。お礼にあなたのお供をします」
と言って、後を付いて来た。
またしばらく歩いていくと、今度は腹を空かせた猿がいた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。そのきび団子を分けてください」
桃太郎が猿にあげると、猿はとても喜んで、
「ありがとう。お礼ににあなたのお供をします」
更にしばらく歩いていくと、腹をすかせた雉がいた。
「桃太郎さん、桃太郎さん。そのきび団子を分けてください」
桃太郎が雉にあげると、雉はとても喜んで、
「ありがとう。お礼にあなたのお供をします」
もっと歩いていくと、とうとう鬼が島が見えてきた。
鬼が島へついた桃太郎は、鬼の大将に刀を突きつけてこう言った。
「悪さをする鬼どもめ、退治してやる!」
鬼たちは怒って桃太郎に襲い掛かってきた。
犬は脚に噛み付き、猿は顔を引っかき、雉は目を突付いて鬼たちに攻撃した。
やがて桃太郎は鬼の大将を組み伏せて、もう悪事をしないことを約束させた。
そして桃太郎は、鬼からもらった宝を持ってお爺さんとお婆さんの元へ帰っていつまでも幸せに暮らしたということだ。



この物語を知らぬ者は多いでしょうが、これを見るあなたは恐らく知っているはずです。幼い頃に一度は、あるいは何度も聞いた物語。
ですが、これはあなたが聞いたのとは似ても似つかぬ物語。
例えあなたが呼んだ物語と一言一句同じだとしても、全く異なる別物。
――さもありなん。物語とは、言い換えれば「世界」なのですから。
世界とは群にとっての全ではなく、個にとっての全。
故に世界は一つであり、また、無数にあるのです。
…さて、閑話はここまでにして、そろそろ次の物語に移りましょう。
今度は、あまり聞きなれない話でも語りましょうか。



とある3人の神が、人間の世界を旅していた。
ある時3人が川辺を通りかかると、大きな鮭を食べようとしているカワウソを見つけた。
そこで3人の中の一人、悪戯好きのロキ神は石を投げてカワウソを殺した。
3人はカワウソと鮭を手に旅を続けたが、やがて日が暮れてしまい、宿を求めて農場の中に見える家へと入って行った。
3人を代表して、オーディン神が家主に頼んだ。
「今夜の宿を貸してください」
「何人ですか?」
「3人です。新鮮な食材がありますから、それを調理して食べましょう」
「見せてもらえますか?」
「もちろんです、さあどうぞ」
そう言って、オーディンは食卓の上に鮭とカワウソを乗せた。
家主はそれを見て顔を強張らせて、奥に引っ込んでしまった。
彼は息子達の元へと向かったのだ。そして二人に言った。
「お前達の兄オッタルは殺されたぞ」
ファブーニルとレギンは驚いた。
「殺されたって?」
「そうだ。今来ている客が殺したんだ」
兄弟は怒り、復讐することを決意した。
「幸いにも俺達と客の数は同じだ。
 魔法で弱らせたところを不意打ちすれば何とかなるだろう。
 ただ、あの老人は素晴らしい槍を、あの優男は妙な靴を履いている。
 その二つは奪っておけ」
父親が魔法をかけて神々を弱らせたところで襲い掛かり、神々は成す術もなく捕まって縛り上げられ、槍と靴を取られてしまった。
「息子の敵だ、お前たちには死んでもらうぞ」
「待ってくれ。勘違いだ。私達はお前の息子なぞ殺していない」
オーディンがそう弁解すると、ファブーニルは顔を真っ赤にして言った。
「あのカワウソは俺達の兄のオッタルだ!
 昼は魔法でカワウソの姿に変身して過ごしているんだよ!
 兄貴は俺達兄弟の中でも一番の漁師だったのに…」
「そうだったのか、知っていれば殺さなかったのに。
 仕方ない。賠償金を払わせてくれ。私達を殺しても何の得もあるまい」
「いいだろう。リュングヘイド。ロフンヘイド。オッタルの皮を持ってこい」
家主は娘にオッタルの皮を剥がさせて、持ってきた。
「この皮を埋め尽くすほどの黄金。それがお前達が用意すべき賠償金だ。
 ただし、もし少しでも足りなければお前達の首をもらう」
「私が持って参りましょう。その間は、二人を人質に」
「よし、行って来い」
縄を解かれたロキは、すぐに外へ出て駆け出した。
しかし、向かったのは神々の国アースガルドではなく、同じ人間の世界にいる海神エーギルとその妻であるラーンの元だった。
「ラーン、オーディン達が大変です。どうかその網をお貸し下さい」
ラーンは渋々ながらも、魔法の網をロキに貸し与えた。
その網を持ってロキは黒妖精の国にある河へ行き、そこに網を投げ込んだ。
すると網の中には大きなカマスが一匹入っていた。
「正体は分かっている。本当の姿に戻れ」
カマスは小人のアンドヴァリの姿に変わり、嫌そうに尋ねた。
「何をお求めなんですか?」
「黄金だ。お前の持っている黄金を全て出せ」
アンドヴァリは渋々持っている黄金を全て持ってきた。
黄金は二つの大きな袋一杯に詰め込んであったが、目敏いロキはアンドヴァリが持っている指輪を見つけて言った。
「そいつもだ。よこせ」
「これだけは渡せません。
 これさえあればまた黄金を作れます。どうかお許しを」
「私の知ったことか」
しかしロキは容赦なくアンドヴァリから指輪を奪い、立ち去ろうとした。
その背に向かって、アンドヴァリが言った。
「持って行きたければ持って行くがいい!
 だがそれは、ワシの呪いがかかっているぞ!破滅の呪いがな!」
「それは良い。どうせこの指輪は私がもらうのではないのだからな」
ロキは二人が待っている家に戻った。
「戻りました」
「では、それを皮の上に乗せろ」
ロキは縄を解かれた二人と共に、沢山の黄金を皮の上に乗せた。
と、その時オーディンが黄金の指輪を見つけ、それを自分の懐にしまった。
やがて家主と子供達が集まり、皮いっぱいに乗った黄金を調べ始めた。
すると突然、家主が言い始めた。
「おい、鼻の部分に黄金が乗っていないぞ」
仕方なくオーディンは黄金の指輪を鼻の上に置き、こうして賠償金は支払われたと認められた。
槍と靴を返してもらった神々はすぐさま外に出て行った。
と、去り際にロキが哂いながらこう言った。
「その黄金はアンドヴァリから奪ったものでな。
 そいつには奴の破滅の呪いがかかっているんだ。残念だったな」



名前で気付かれた方もいるでしょうが、これは北欧の神話の一つです。
この話に登場したオーディンとは、なんと北欧の最高神!
人間ごときに遅れをとるとは、何とも情けない最高神ではありますがね。
しかし、よくよく考えてみれば「神」という存在も、所詮は人間が考え出した「物語」の「登場人物」なのですから、作者である人間よりも弱いのは、ある意味当然のことかもしれません。
さて、実はこの物語には続きがございます。
「ニーベルンゲンの指輪」という物語を聞いたことがあるでしょうか?
その物語に登場する、英雄ジークフリードや魔剣グラムなどといった名は、どこかで聞いたことがあるかもしれません。
世界最初のファンタジー小説と言われる「指輪物語」やエクスカリバーや聖杯で有名な「アーサー王伝説」に影響を与えたと言えば、驚かれるでしょうか?
――そう、物語とは繋がっていくものなのです。
物語は物語を呼び、新たな世界を創り続ける。
それを呪いと見るか、祝福と見るかはあなた次第ですが…。
…さて、それでは長い物語が二つも続いたのでお疲れでしょう。
ここで一つ、休憩の意味も込めてこんな物語をご紹介いたしましょう。



ある時、猟師が森で狩りをしていると巨大な熊に出会った。
猟師は驚いて、銃を捨てて逃げ出した。
走って、走って、走り続け、息も絶え絶えになったところで前方を見ると、巨大な崖が広がっていた。
後ろを振り返ると、熊はゆっくりとこちらに歩いてくる。
いよいよ後数歩というところまで迫った時、猟師は跪いて神に祈った。
「神よ!この熊に信仰心をお与えください!」
すると突然辺りが光に包まれた。
猟師が目を開けると、熊は目の前で立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回していた。と、突然跪き、天を仰いでこう言った。
「主よ、御恵みに感謝いたします…」



これはアメリカのジョークの一つですが、どうです?笑えましたか?
恐らくこの文章を読んだ人は3種類に分けられるでしょう。
少しでも笑ってしまった人。笑わなかった人。そして理解できなかった人。
このジョークは基本的に「最後の熊の言葉がキリスト教での食前の祈り」であることを理解しているという前提の上で話をしています。
分からなかった方、文化が違う、などと誤魔化さないでいただきたい。
そもそも物語というものは、言葉が通じる、ないしは文,絵が理解できるということを前提にして創られたものです。
ですが、私達の知識の多くは「物語」から得ているのではないでしょうか?
言葉の意味だとか、この絵は何を描いているのかとか、そういうものを判別、または理解できたのは「物語」があったからではないでしょうか。
例えば『猟師』『走る』『跪く』
これらの単語を知らない人にこの物語を話してもあまり笑う方は多くないでしょう。熊の言葉の意味を知らない人が、笑わないのと同様に。
奇妙なことに、知識を伝達するはずの物語は、ある程度の知識がなければ何の知識を得ることもできないのです。
…さて、それではそろそろ次へ向かいましょうか。
今度は現代日本の、いわゆる都市伝説と呼ばれる物語です。
残る行はあと僅かです。できるのなら、この世界を続行させていただきたい。
お願いします「我が神」よ。



「牛の首」という恐ろしい怪談がある。
もう何十年も語り継がれているが、その話の内容を知る者は少ない。
が、とある小学校の教師がこの話を知っていた。
彼についてのエピソードを一つ紹介しよう。
ある日彼は、修学旅行のバスの中で怪談を始めた。
中には怖がる者もいたが、基本的には皆楽しんで聞いていた。
怪談がある程度盛り上がったところで、彼は「牛の首」の怪談を話した。
最初は興味深そうにしていた生徒達も、次第にガタガタと震え始め、やがて泣き叫んだ。
「先生、怖いから止めて!!」
しかし彼は、何かに憑かれたかのように話を続けた。
する突然バスが止まり、驚いた彼は運転席を見ると、運転手がガタガタと青ざめながら失禁していた。
ふと周りを見ると、生徒達は全員が泡を吹いて気絶していた。
以来、彼はこの話を語るのを止めたという。



これは、本当に古くからモノカキの間に伝わる話で、今となっては誰もその内容を知る者がいないのだそうです。
昔はあったと、とある「物語」は伝えていますが…。
さて、本当のところはどうなのでしょうね。
ところで、彼が語った「牛の首」は「世界で一番怖い話」なのだそうです。
虚ろなままで息づき、恐怖だけをその内に抱えた「世界」は、なるほど、怪談という、恐怖を与えることを目的とした物語の中では頂点に位置すると言えるでしょう。
もしかすると、真に優れた物語とはそういうものなのかもしれません。

…さて、そろそろこの物語もあとわずか。
長い長い講釈を、最後まで見ていただきありがとうございました。
最後に一つだけ物語を紹介し、それでお開きといたしましょう。
では、もう会う機会もないでしょうが、お元気で。
…念のため言っておきますが、この物語を読み直しても「私」に会うことはできませんよ。「世界」が常に変質するように「物語」の「登場人物」もまた、常に変化を続けるのです。
まあ、実際に変化しているのはあなた、とも言えますがね。
さようなら。
語り部としても
登場人物としても
筆者の分身としても
そして、もう一人のあなたとしても今生のお別れです。
私は「世界」の終末を見ることはできません。
ですから「あなた」が最期まで見届けてください。
それでは――





最期にそう言って、老人は踵を返して去って行った。
あなたは物語を読み終え、ゆっくりとページを閉じた。
そしてあなたは、先程読んだ物語のことを考える。

しかし、あなたは気付いているのだろうか?
この世界もまた「物語」だということ――

――そして、あなたもまた「物語」の「登場人物」であることに。



――答えはなく――


――世界は、終わる――








「隠者」

大アルカナの九。
正位置では思慮,結論,質問,解答,真理の探究を暗示。
逆位置では秘密,虚実,混沌,隔離,現実逃避を暗示。