私が知らぬ物語







それはどこか遠くの物語

あるいは時に埋もれる物語、時の果てに待つ物語

もしくは存在しえない泡沫の、夢…












人は喜んだ。

「勇者が魔王を倒した」

「全ての魔物がいなくなった」と。

平和な時代がやってくる。
なぜなら人間と戦おうとする者がいなくなったのだから。
人の時代がやってくる。
なぜなら天敵たる魔族の首領、魔王が潰えたのだから。



私の周りの皆も、喜んだ。
私も最初は喜んだ。
理由は、よく分からなかったけれど。
私は、馬鹿だったからよくわからなかったけれど。
周りの皆が嬉しがったから、私も一緒になって喜んだ。
そして私は、いつものように、裏山に住む友とも
この得体の知れない喜びを味わおうと、いつものようにそこへ向かった。



私は辺りを見回して、友の姿を探した。
木の陰、草むらの中、私の背後、木の上、蒼い空。
友はどこにもいなかった。
だが、これはいつものこと。
友はいつも最初は姿を見せず、私が呼びかけると
一声鳴いてから、姿を現す。
そして私は友に語り、友と感情を共有する。
それが私の両親が生きていた頃、私が幸せだった頃からの、慣わし。

「おいで」

ほら、一声どこかで鳴き声がして、どこからともなく姿を――現さない。

「…どこ?」

返事はない。
辺りを見回すが、やはりその姿はない。

「どこなの?」

少し声を大きくする。
そんなわけはないのだが、私は村の人の声がうるさくて
声が聞こえないのではと思ったのだ。
だが、返事はない。

「どこにいるの?」

帰ってきたのは、風の音。それを除けば、静寂のみ。
私はここに来て初めて、友に何かあったのではと思い立った私は
いてもたってもいられず、暗い暗い森の奥へと、足を踏み入れた。
後ろでは、村の大人達の笑い声が、聞こえた。





私は探した。
友の姿を。
あるいは、友の影を。鳴き声を。あの感触を。
私達は一心同体なのだから
馬鹿で弱虫な私に嬉しいことがあったら、友も知らなければいけない。
それは私にとっての絶対の真理。あるいは、理念。
私の存在の意義と言っても過言ではない。
私がいてこそ友があるとは思っていないが
友がいてこそ私があるとは思っている。
だから、私は探した。
足が痛くなって、目も霞んで、日も暮れてきて
体中が泥と傷に塗れても、私は探し続けた。
そして、ふと、私は森の外、元の場所に出てしまった。
――見回すが、やはり友の姿はない。

「う…うう…ひっく…でてきて…よぉ……」

誰に言うわけでもなく、泣き言を漏らす。
だが、返事は――


――オオオオオオオオン……


――あった。

「どこ!?」

――返事はない。が、私は声の聞こえてきた方向に見当をつけ
その場所へと歩いていった。
そして、私は着いた。
森の小道を少し脇に逸れた所。
今までずっと、友と語り続けた場所に。
そこは一番初めに探した場所。
探したけれど、陰すら見つけられなかった場所。
私はもう一度探して、そして見つけた。

「……」

友の伝言。
文字はなく、あったのは伝えようとする「意思」
それが直接私の中に入って来た。
「意思」は「語る」
自分が魔物であることを。
この世界において、魔王が倒れたら魔物は存在できなくなることを。
私のことを大切な友と信じ、伝言を遺したことを。
そして、私のことを案じ、自分が知る様々な知識をことを。
そして最後に、友は語り――私は知った。

「…魔王…だったんだ」

友が魔王だったということを。
具現されし暗黒、人と相成す者、あるいはもっと単純に、憎むべき敵。
だが、それは私にとってはどうでもいいことだった。
友が魔王だろうが神だろうが、あるいはもっと別の何かだろうが
私は構わなかった。そこにいてくれれば。いるだけで、よかった。
なのに……。

「どうして……いてくれないの…?」

雫が、足元に落ちる。

「魔王だから?魔物だから?闇から生まれたから?
 いちゃいけない命はないって、勇者は言う…。
 でも、魔王だって命だよ。私にとってたった一人の友達だよ。
 なのに、どうして皆嫌がるの…?……誰か…答えてよぉ……」

私の言葉に応えたのは――冷たい夜風だけだった。





「…ん?」

数人の人間と共に嬉しそうに、楽しそうに、そして幸せそうに
喜びの道を歩んでいた若者は、ふと後ろを振り返り――子供を、見た。
周囲が歓喜に浮き足立っている中、絶望の闇に包まれながら
自分を憎しみより、殺意よりももっと深く暗いものを込めた瞳で睨む
愛らしいとさえ言える、傷と泥に塗れた、子供を。

「…どうしたの?」

自分の前を歩いていた少女が、不思議そうに語りかけてきた。
若者は反射的に視線を前に戻す。

「うん…」

再び後ろを見たが、既に子供の姿はない。
だが、そこに数滴の、紅い血の跡だけが残って、夕日に反射して
鈍い光を放っていたのを、若者は落ち着いた目でしばし見つめてから
視線を前に戻した。

「ちょっと視線を感じてね」

笑いながら言うと、少女は鈴が鳴るような声で笑いながら、言った。

「視線ならさっきから独り占めじゃないの、勇者さん」

「…うん」

若者は、剣の柄をしっかりと握り締めた。








「そう」

暗闇の奥で、呟き声。

「希望は決して尽きない、光は決して消えない、いつか正義は悪に勝つ」

憎しみとも哀しみとも取れる感情を混ぜた声で。

「だけど、絶望も決して尽きず、闇も決して消えず
 いつか正義は悪に負ける」

それがこの世界の条理。真理。世界という名の鎖に縛られた法。

「なってやる」

魔王の跡形、深淵の後継者たる子供は、静かに呟いた。

「征服者に」

血と泥に塗れた腕を、握り締めながら。












それはどこか遠くの物語

あるいは時に埋もれる物語、時の果てに待つ物語

もしくは存在しえない泡沫の夢

または、我等が知ってて知らぬ、織物の一片――















Fin とも to be continued とも私には書けない。
この物語の終幕は、あなただけが知っているのだから。





ryoさんからの後書き
(多少改行していますが、文自体はメールのものをそのまま引用しました。)

最初に書いた通り、あくまでDQをイメージしていますが
他のファンタジーでも通じるように、DQ的な単語は入れないように努力してみました。
作者ではなく、読者としての私のイメージはDQ4のEDで街を巡るシーンの一コマ、といったところでしょうか。

見ての通り、勇者が語る奇麗事の矛盾をテーマ(?)にしてみました。
ファンタジーの主人公のお約束たる、実現不可能な奇麗事。
けれど、その奇麗事を通すためには、他の何かを犠牲にしなければいけないわけで
特にDQは『王道』的な奇麗事を、主人公を通して行動で語るわけで。
(魔物は倒した後に起き上がったり4にいたっては灯台タイガーが
 移住を望んだりしていることを見ると、主人公は特定の敵を除き
 誰も殺さないのだと私は解釈しています)
けれど、主人公は結局、最低でも一人。魔王を「殺す」わけで。
(D.Aの中では封印しているという設定にしていますが)
そして、魔族や人間の中にも、魔王を必要としていた者は必ずいるはず。
それならば、結局勇者がやっていることはただの自己満足。
『多く』の人の声を聞いているだけではないのか、と。

ある意味禁忌的なテーマですが、いかがでしたでしょうか。
でも、私としてはそういう奇麗事も嫌いじゃないんですよね。
ただし、一つのものを排除すればそれで終わりじゃないんだということを
ちゃんと把握して言っているのであれば、ですけどね。
う〜む…贈り物なのに何だか暗い内容になっているような…。
次はもう少し明るい内容で書きます。
それでは、また。

こちらからも一言(一言というにはちと長いか)

と、いうことで勇者によって滅ぼされてしまった側から見た話でした。
魔物に重きを置いた話を手がけておられたryoさんらしい作品と言えるかもしれません。

DQ4のEDをイメージして書かれたということですが、
私の第一印象としてはDQ6のED、もしくは「ダイの大冒険」における初期のヒュンケルの話を思い出しました。
それぞれ内容について説明しておきますとDQ6のEDでは、夢の世界のライフコッドの村長が
「お前たちが大魔王を倒したのはわかっておるぞ。なにしろ魔物がちっともいなくなったんだからな」と
いうような台詞を、凱旋した主人公に向かって笑いながら語るシーンがあります。
それ以上何か描写があるわけではなく、ホントにそれだけなんですが
そこには確かに存在そのものまでも消されたか、少なくともこれまでのような立場は失ってしまった
魔物たちの影があるわけです。
 
ヒュンケルの方はもっと直接的で、彼の場合育ての父が骸骨の魔物でしたから
魔王の死によって、この世に存在することができなくなってしまった。
「それ(父の命を奪ったこと)を正義と言うのなら、正義そのものが俺の敵だ」とかつてのヒュンケルは言ったものです。
 
何が正義で何が悪かなんてのは、一概に割り切れるものではないですからね。
たとえば実際の歴史でも、国や大陸を統一したと称えられる偉大な英雄は
統一された側から見れば、悪逆非道のとんでもない征服者であるかもしれず。
そう考えると、誰から見ても正しい行いというのは、世の中そうはないのかもしれません。
ただ、だからといって、何もしないままでは何も変えることもできないので、
「自分も含めた誰かにとって、多分、正しいこと」を目指して進む・・・というところが精一杯なのでしょうか。
うーん、やっぱり難しいテーマですよ、これは。
  
なんとなく、冒頭の段階で「私」の友達が魔物なのだろうな、ということは想像できましたが、
魔王自身であったとは驚きました。
ここで一つ疑問に思ったのは、一体何のために、魔王は「私」に接触したのかということ。
この子に親しみを覚え、真に友であると感じていたのか。
あるいは自分の死を予感して、滅びる前に魔王の種を子どもの中に植えつけておこうと画策したのか・・・
色々解釈が可能な部分であるかもしれませんね。


余談ながら、↑の話をメールで書かせていただいたところ
初期のヒュンケルの話は初耳だと言っておられました。
ryoさんがご存知の範囲では、ヒュンケルは既にアバンの使徒としてバランと戦っていた頃らしいです。
言われてみれば、あれってSFC版の5も出ていない頃の話ですから
もう12年以上前に遡ってしまうことなんですね。
そりゃあ、今学生という年齢の方が知らないのも無理はない・・・時の流れをひしひしと感じるなぁ。


最後にもう一度、ryoさんどうもありがとうございました。
また何かお気づきでしたら、どうぞよろしくお願いします。



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