永い永い旅の果て、幾多もの強大な力持つ者達を打ち払い
幾多もの罠を掻い潜り、辿り着いた神殿の奥深く。
――そこに、その剣は眠っていた。
鋭く光る細身の刀身に、紅と銀をベースとした柄の装飾。
そして、柄の中心には暗黒を想わせる漆黒の宝石。
それはかつて賢王を狂王へ、英雄を魔物へと変えた悪魔の瞳。
人はいつしか彼の剣を、「魔剣」と呼んだ。

「……」

少女は迷わず、「魔剣」を手に取った。









ヴァルキリー・オブ・ブラッドソード








ビュンッ!ビュンッ!



その場で、剣を手に取り軽く振ってみる。
――見かけ以上に、軽い。
まるで棒――いや、むしろ空気を握っているような気さえした。
――それに何より。
剣を持つ右手を通して伝わる。
「殺戮」ではなく「支配」の意思を。
剣ではなく、覇王を志す「何か」の欲望を。
恐ろしく純粋ながらも強大なその欲望を
しかし剣はそれに呑まれることなく、しっかりと制御している。
…いや、それすらも「支配」しているといった方が正しいか。

「…なるほど。「魔剣」と呼ばれるだけのことはありますね」

恐れはなく、あくまで感心したように呟く少女。

『そりゃどうも』

剣から返答が帰ってきたことに気付かず
少女は眉を顰め、きょろきょろと辺りを見回した。

『…何やってんだ?』

「えっと…誰かいるのかなぁ、と」

未だ辺りを窺いながら、少女。

『いねぇよ、馬鹿』

嘲笑するように、剣。

「?それじゃ、喋ってるあなたは」

『ああ、俺は――』

「……ああ、幻聴ですか」

ポンと手を打ち、本気で納得した表情を浮かべた少女に
剣もしばし呆然としたように、沈黙した。
が、すぐに気を取り直し、

『…本気でそう思ってんのか?』

「勿論ですよ、幻聴さん」

『…幻聴と思ってんなら幻聴と語んじゃねぇ。
 妖しいぞ。傍から見ると』

剣と語っていても妖しいような気がしないでもないが
そこはお互いに気付いていない。
いやむしろ、不自然と思っているかさえ謎である。

「いやでも、呼ばれて話しかけられたら返事しないと失礼ですし」

『いや待てそれでも……』

そこでふと、剣は本来の話から脱線していることに気付く。
自分が求めていた会話とは遠くかけ離れているのは
とっくの昔に気付いてはいたが、少女が「声」を幻聴と断定した時点で
すっぱりと、いさぎよく諦めていた。
だが、自分の声を幻聴と思われたままだというのは何か悔しい。

『んなことはいい。この声は幻聴なんかじゃねぇ。
 この声の主…つまり俺は、お前が持っている剣だ』

威厳と、その裏に潜む悪意を感じさせるような話し方。
少女はそれを聞き、目を細め――剣を床に置き、荷物袋を漁り始めた。

『…何やってんだ?』

少女はそれに答えず、荷物袋から予備のショートソードとダガー2本
更に、儀礼用と思われる、美しい装飾のナイフ数本。
おまけに食事の時に使うナイフと、調理用のナイフを出し、床に並べた。

『……』

魔剣が訝しげに思っている間にも
更に少女は腰につけていたナイフ4本と愛用のロングソードを
先ほど荷物の中から取り出した刃物の隣に並べる。
そして最後に、床に置いておく…と言うよりはほっぽり出していた魔剣を
ロングソードの隣に置く。
と、そこで少女はようやく口を開いた。

「お待たせしました」

『…はぁ……』

「それじゃ、教えてください」

『…何を?』

「どれがあなたですか?」

『……』

冗談ではない。
少女の顔は、あくまで本気。
おいおいお嬢ちゃん。普通はこの遺跡で見つけた
魔剣を真っ先に疑うだろっていうかそもそも何で俺が最後なんだよ
しかも何だか他の剣に比べて投げやりだったし
それより何で万能ナイフ?しかも食事用のナイフまであるしよ
じゃあお前は何だ?食事用のナイフがふと自我を持って
お前にエラソウに話しかけたとでも言うのか?
せいぜい肉とか切るしか使い道のなさそうなナイフが?
他にもたくさん剣とかあるのに?ふざけんなよバカヤロウ。
…などと、思うことは多々あるが
それを言うだけの気力など、既に剣には残っていない。
剣は己の運命を形作った神様とやらに呪詛の言葉を一頻り吐いた後
諦めたように、今度は威厳も何もない声で言った。

『それだ。一番左の、さっきお前が見つけた剣』

「あ、これですか?」

『そう、それ』

何やってるんだろうな、俺。
そんな剣の心中を察することもなく、少女は嬉しそうな笑顔になった。

「わぁ、剣って喋れるんですねぇ」

『普通は喋れねぇよ。俺だから喋れるんだ。
 そこんとこ、勘違いすんなよ』

「そうなんですか。凄いですねぇ」

『……』

「……」

『…あのよ』

「はい?」

沈黙に耐え切れず、剣が声をかける。

『自分で言うのも何だが…それだけか?』

「…はい?」

きょとんとした顔の表情の少女に、剣は呆れたように言った。

『普通、もう少し突っ込んで尋ねるだろ?
 お前は一体何なんだ、とか。何で喋れるんだ、とかよ』

「いや、貴方は剣で喋れるから喋れるんだと私は思ってますけど」

『ああそうかよ』

投げやりに返答をしつつも、剣は心の中では感心していた。
少女は、喋る剣という、間違いなく――恐らくは
彼女の暮らしてきた世界の中では異質であるはずの
自分の存在を認めた。
それは簡単に見えて、とても難しいことなのは
経験上、剣は良く知っていた。
これは剣にとって賞賛に価するできごとである。
――もっとも、ただ何も考えていないだけという説も捨てきれないが。
  いやむしろ、その可能性も非常に高い。
  つーか間違いない。うん。

「何ブツブツ言ってるんですか?」

『何でもねぇよ』

そこで、声のトーンを落として、少し真面目な声を出す。

『…それよりお前、俺を手にするってのは
 どういうことか知ってるのか?』

「?」

『俺は神剣だぜ?代償なしに働くと思ってるわけじゃねぇだろう?』

「そうなんですか?」

『そうなんだよ!』

力強くは言ったものの、剣は自分自身の言葉に疑問を持ち始めた。
――本当にそうなのか?
代償なしに働くなと、一体誰が決めた?
他の神剣の中には、意思がなかったり代償なくしては力が
出ない奴もいるが、自分は別だ。
代償なくしても、力を貸すことはできる。
ならば何故、あんなことをしなくてはならない?
命令だから?それが使命だから?
いや、そもそも一体いつから――
ふと浮かんだその考えを、振り払う。
――何考えてんだか。

「はぁ…でも、代償とは?」

『お前の精神だ』

「精神…ですか?」

意味が分からないのか、少女は目を瞬かせる。

『お前の意思…心とでも言うか。
 俺が力を貸す度に、そいつが俺に喰われていく。
 少しずつ、少しずつ、な…』

「ってことは全部精神が食べられたら
 私はお人形みたいになっちゃうんですか?」

その目に、恐れはなかった。
唯一在るのは――少なくとも自分が感じられる範囲では――驚きだけ。

『…いんや、違う。お前は俺そのものになるんだ』

「え?」

『俺が精神だか心だかを少しずつ喰い、自分の物とする。
 お前は段々自分が自分でなくなってくる』

「???」

『……まあ、具体的に例えるとしたら…メシだ』

「メシ…ご飯のことですか?」

『そうだ。おまえは腹が減ったら飯を食いたくなるよな?』

「ええ…まあ…」

『当然のことだな。それが人間だけじゃなく
 ほぼ全ての生物が持ってる原始的欲求ってやつだ。
 だがな、俺にある程度喰われると
 腹が減らなくなり飯を食いたくなくなる。
 何故か?
 答えは簡単。俺は飯を食わないからだ。
 だから、俺であるお前は飯を食いたくなくなる。そういうことだ。』

「…なんで、そんなことをするんですか?」

不思議そうに少女が尋ねると、剣は自嘲するように答えた。

『やりたくてやってるんじゃねぇし、そもそもやる理由もねぇ。
 なのにどうしてこの俺がこんなことをやっているのか…?
 んなことは、俺にもわかんねぇよ。
 …ただ、そうすることが俺にとっては当然のことだった。
 お前達が息することや食うことを当たり前だと思うように、な』

「…私もそうですよ」

『あん?』

「私も、自分がどうしてここに来たのか
 何故剣を振るうのか、全然分からないんです」

『……』

思わず、絶句した。
何が何だか分からないまま、あの迷宮を突破して、門番をブチ倒して
この神殿の面倒な手順で開く隠し通路を発見し
あまつさえ、俺が危険な魔剣であると知りながら
手に取ったのだと言っているのだ、この女は。

「私がどうして、ここに来たのかは分かりません。
 ですから、ひょっとしたら魔剣を求めて来たのではと
 こうしてここまで来ましたが…どうも、そうじゃないみたいです」

『じゃ、どうして俺の話を文句一つ言わずに聞いてたんだよ。
 ほっぽりだしてさっさと帰ればよかっただろうに』

「…話しかけられたら答えないと失礼ですから」

笑顔で、続ける。

「それに第一、楽しい御喋りをわざわざ
 途中で止める意味も必要もないでしょう?」

『ハァ…やれやれ…。数百年だか千年だかぶりに
 ようやく誰か人間が来たと思ったら……。
 まぁ、いいや。…で?そろそろお別れの時間にするかい?』

「え〜と、それなんですが」

『あん?』

少女は柄にある漆黒の宝石をじっと見据え
今までとあまり変わりない声で、しかししっかりとした口調で言った。

「私はそんな力を使う気なんて今の所は全くないんですが
 それでもあなたを持っていきたいんですけど、大丈夫ですか?」

『…別にいいんじゃねぇか?
 少なくとも、俺はどうこう言うつもりはねぇよ』

「そうですか。では、これからよろしくお願いします」

『へいへい、…ったく、俺もとんだ貧乏くじ引いちまったな』

少女はニコリと微笑み、剣はニヤリと笑った。
その日、とある遺跡の奥深く。
瘴気漂う魔境の果てで、一つの絆が生まれた。

『…そうだ、一つ忠告しとくぜ』

「?」

『俺は街中とか人前ではあまり話しかけないようにするから
 てめぇも極力そういう場所では俺に話かけようとすんな』

「どうしてですか?」

『……自分で考えろ、この天然馬鹿』

「はぁ…?」

――魔の者の生み出した剣と、一人の少女の出会い。
この出会いが、後の時代の人である我々が語る伝説の
始まりの1ページだと私は思っている。

『ま、その話は後にしておこうか…』

「どうしてですか?」

『馬鹿、後ろを見ろ後ろを、ガルムが2体だ。
 俺にとっちゃ雑魚以下だが
 甘く見てると、てめぇみたいなヤワなやつじゃ
 あっという間にあの世行きだぜ?』

「そうですね。困りました、逃げ道…ないですね」

『ま、薙ぎ払って進むっきゃねぇだろ。
 …てめぇの技量(ウデ)、きっちり見させてもらうぜ』

「あ、それじゃあ力は貸さなくてもいいから、使わせてください。
 私もあなたのこと、もっと良く知りたいですし
 そっちの方が良く見えるでしょう?」

『…一回くらいなら無料で貸してやってもいいぜ?』

「そうですか?それでは、お願いします。
 それと、ありがとうございます」

『せいぜい死なないこったな、相棒』

「あ、自己紹介がまだでしたね。
 …私はレシリア。レシリアと言います」

――英雄として語られた少女の名はレシリア。
彼女はこの時はまだ家名を持っていなかった。
そして彼は、その家名を知っているような素振りを見せてはいるものの
決して語ろうとはしない。
だから、私はこの書物の中では『レシリア』とだけ記そうと思う。

『そうか。俺の名は――レイスティリアルだ』

――『二つの名を持つ神剣』
レシリアが持つ、レイスティリアルもその一つである。
二つの名とは即ち、剣の名と、それを生み出した神の名。
――彼の剣の名は【触】こと、カオス・レイスティリアル。
悪魔の主たる魔神が剣の一振り。

「そうですか、ではレイさん…行きましょう!」

『…だな。とっととケリつけて外出ようぜ。
 俺は屋内は性に合わねぇんだよ』

「グル…ルロオオオオオオオオオオオッ!!」

一匹のガルムが唸り声を上げると同時に
もう一方のガルムが牙から涎を滴らせ飛び掛った。

『…来たぜ!』

レイが警告を発する、少女はそれに答えず、

「…やあああああああああっ!!」

ガルムの側面に回りこみ、その身体目掛けてレイを振り下ろした――!














…………………







――私はペンを置き、傍らにいる『彼』を見つめた。

「…どう?」

『随分と感情豊かな文章だな』

苦笑と呼ぶにはどこか楽しそうな笑い声が響く。

『前半と後半で、ものの見方が全然違うじゃねぇか。
 それに、後半のお…いや、レイの思考も、何だか良くわからねぇし』

「しょうがないだろ?私はこういうの慣れてないんだから」

『それを言うなら俺なんて、書評するのはこれが初めてだぜ?』

「…初めてのわりには随分とえらそうな口調だったよね。センセイ」

冷ややかな目で『彼』を見る。

『初めてだから、下手に深く考えず、思った事を言っただけだ。
 それと、その呼び方は止めろ。気色悪ぃ』

「あ、ひどい」

『うるせ。んなこと言ってるとこれ以上話さねぇぞ?』

「え?私はここまで書いただけで結構満足だけど?」

途端、彼が慌てたように言った。

『ちょっと待て。んな中途半端な…』

「でも、ここだけでも随分といい文章じゃない」

『だからそれが駄目なんだっての。
 そんなんじゃ真の伝説なんて夢のまた夢だぜ?
 それに、てめぇみたいな陳腐な文章力しかもってねぇやつは
 量を書いて誤魔化すしかねぇんだよ』

「この部分を何度も洗練させるからいいもーん」

『お、てめぇんなこと言ってると。てめぇの心を喰っちまうぞ?』

「あ、そんなこと言ってると、例の引き出しの中に閉まっちゃうよ?」

『……』

恐らく彼は今、先月、私がうっかり彼をその引き出しの奥に
小一時間ほど閉まった時の事を思い出しているのだろう。

「…何か言うことは?」

『……俺が悪かった、って言えば満足か?』

えらく乱暴だが、彼も彼なりに必死で譲渡した結果なのだろう。
私は柄を手で撫でてあげた。

「ん、えらいえらい」

『それも止めろ』

と、私は机の上に置かれた紙を、改めて見返す。
ヴァルキリー・オブ・ブラッドソード。
血塗られし剣の戦乙女。
彼女の真の伝説を語り終えるには…まだまだ時間がかかりそうである。






ryoさんからの後書き


まず最初に一言。題名は適当です(爆
特に意味なんてないので、深読みしないように(苦笑

この小説、読んでみれば分かると思いますが
DQの世界のできごとではありません(少なくとも私の中では)
では、一体どこの世界なのか?実は、二次創作の世界ではなくオリジナルの世界なのです。

う〜ん…簡単に言えば、この世界は神様同士の戦争をする際に
自分達の世界でやると被害が大きいからってことで作った戦場です。
で、戦争の決着が(一応)ついたところで、神様が創った戦闘用の兵士である
神獣の子孫やら神様の魂の欠片やらから魔物が生まれて
最後に、この世界(アーヴァティルといいます)から人間が生まれた、という設定です。

この話の中にある神剣は、戦争の際に神様が使っていた剣のこと。
レイ君みたいに、意思もっているのは少ないです。
そして、「カオス」っていうのは、神様同士の戦争の、敗北組の神様のリーダーです。
現在は地獄に落とされ、魔神などと呼ばれています。
ちなみに、「カオス」は彼女(女神様です)の異名の一つ。
他にも「アポカリプス」や「ロフト」「フォウオール」などの異名を持っています。
最後に出てきたガルムとは、神獣の血を色濃く受け継いでいる魔物です。
滅茶苦茶強いはずなんですが、あっという間に倒されました(苦笑

最後に、この話はテーマ云々よりもストーリーや台詞にちょっとだけ気合入れてみた…つもりです。
早い話がこれといったテーマは構想していません。
強いて言うなら、前回言った通り、明るめの話にしようと思い
出来る限り明るくなるように話を作りました。
作ったつもりだったんです、が、どうしてか、私が造るとどこか陰のある文章に(汗
う〜む、実はネガティブなのだろうか。
本人は自覚ないのになぁ。





…とまあ、あとがきといえなくもない内容でした。
先ほどのカオスやら神剣やらの他にも、もっと細かい設定が色々とあるんですが、それはまた別の機会に。
まぁ、あったらの話ですけどw


こちらからも一言


なるほど、「魔剣を手にした少女の話」
・・・の話を綴ろうとしている語り部の話のようですね。
口調からして、これは彼女の子孫なのでしょうか。
『』付きの台詞はどっちもレイのようですけど。

何というか、ちょっと意表をつかれた内容でしたね
冒頭の文章を見た時、「人間が剣に呪われて取り憑かれる展開なんだろうな」と思ったんですが・・・
今のところ取り憑くのに失敗しているというか
どっちが取り憑かれているのだか(笑)
飄々とした少女の様に、文字通りに振り回されちゃってますね。
レイ君、かっこいい名前なのになぁ。

この魔剣、割とお節介な奴ですね。
自分からわざわざレシリアに話しかけ始めたり
自分で自分を「恐ろしい奴なんだぞ」みたいなことを言ってたり。
本当に人間の体を乗っ取りたいのなら、最初は何も言わずに手を貸して
使い手の気がつかないうちにじわじわと精神を乗っ取っていくのが確実だというのに。

魔剣という言葉のイメージから浮かぶ、冷徹とか威厳みたいなものは今の所あまり感じられず
どちらかというと「らしくない」性格ですが、でもこの場合、そこが魅力ですね。
台詞に力を入れたという方針の通り、味のある会話だったと思いますよ。
こういう二枚目になりきれていないキャラってのは、読んでいて楽しいものですね。



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