「良い政治家とは、明日、来週、来月、そして来年どうなるかを予告でき、
 かつ、なぜそうならなかったかを説明できる人間である」
――ウィンストン・レオナルド・スペンサー・チャーチル――








少女は、商人と別れ、再び果てのない草原を歩いて行った。
いつになったら抜けられるのか。草原はなお続く。
と、草原の一角に人影が動く。
少女は大きく手を振りながら、その影へと近づいて行った。

「…ん?」

影の正体は一人の青年。
歳は20代前後だろうが、その眼差しは刃のように研ぎ澄まされており、そのせいか妙に威圧感を感じる。

「……」

青年は何も語らぬままに、少女を見つめる。
少女はその鋭い視線に多少怯みながらも、質問をすることにした。

「あの、ここから出る方法を教えてくださいませんか?」

「……『ここ』という言葉の意味が『この草原』だというのなら簡単だ。
 一度眠れば、すぐにこの草原は消え失せる。
 が、『この世界』だというのなら話は少々難しい。
 …そうだな、ここから東に進んだ所にいるヤツに言ってみるといい。
 俺よりはお前の力になるはずだ」

「あ、ありがとうございます」

冷たい眼差しは崩さぬままだが、青年は至極丁重に説明をする。
意外といえば意外なまでの親切な対応に、少女は少し戸惑ってしまった。

「…時に尋ねるが。ここでのルールは知っているな?」

「一つの質問につき一つの解答、ですか?」

「そうか。知っているのなら説明は不要だな。
 俺も答えてもらいたい質問があるのだが、いいだろうか?」

「はい。頑張ってみます」

「――いや、解答さえ導き出してくれれば、努力してくれなくても構わない。
 では、尋ねようか」

そう言うと、青年は少女に【質問】した。

「実は俺の父上は皇帝なのだが――その父が、ある日、友好国のパーティーに 呼ばれてな。その時、友好国の王にこんなことを言われたのだそうだ。
 『――失礼ですが、貴方様は賢きものでいらっしゃいますかな?』と。
 自尊心の強い父は何を、と怒った。
 友好国の王は、失礼しました、と前置きしてから
 『実は、娘からこんな問題を出されましてな。
  3日経っても解けなくて困っていたのでございます。
  宜しければ、答えをお教えいただけませんか?』
 当然、父王は了承した。…が、どうしても解けなくてな。
 自国に持って帰って、俺に回されたというわけだ」

「……」

「どうした?」

「皇帝ということは…お、皇子様なのですか……?」

「ああ。が、ここではどうでもいいことだろう?」

「…そ、そうですね。失礼しました。
 ええと、その問題を解いて欲しいのですか?」

「ああ。恥ずかしながら、どうやっても解答が矛盾してしまってな。
 どうしても解けないんだ。
 姉上と兄上は解けたようなのだが、どうしてか教えてくれない。
 …どうも、俺に解けない問題があるのが愉快らしくてな。困ったものだ」

「どんな問題なんですか?」

「『ある人が弓矢で敵を打ち抜こうとした。
  この弓矢は射程距離が10mしかないが、敵は15m先にいる。      しかしこの人は見事、その敵を矢で射抜いた。
  どのようにして、それを成し遂げたのだろうか』」

「…あの、何かしらヒントとかは言ってませんでしたか」

「ああ。姉上が『先入観だよ、先入観』と言っていたのだが…。
 その先入観が何なのか、未だに解らない」







――さて、答えは出たかな?
――解答はこの下だよ。良く考えて。























―――弟は解らなかったみたいだけど、あなたは解った?―――
















――解答――

…弟は、難しく考えすぎるんだよね。
これはいたってナンセンスな問題だ。
それを頭に入れて、怒らないで聞いてほしい。
敵は15m先。けれど矢は10mしか届かない。
……でもね、ここでは弓矢の「大きさ」については何も語られていない。
全長5mの矢であれば――10mしか届かなくても、当然、敵に当たる。
つまり、解答はこうだ。
「矢が5m以上あった」

…ちなみに、弟はこの問題の解答を聞いて、恨めしげに唸っていたよ。
君は、どうだったかな?