「全能を自称する者は、赤子よりもなお無力だ。
 全知を自称する者は、道化師よりもなお無知だ」
――『神』――







黒髪の少女と別れた女性は、あてもなく城の中を彷徨っていた。
歩きながら「必要ない」という言葉の意味を考える。
――必要ないということは、ここは地下に建てられた建造物なのか?
それにしては、空気は地上のそれとあまり変わっていない。
あるいは、自分が知らない未知の技術を持っているのかもしれない。
先程の「ケータイ」のような。
…そうなると、ここがどんな場所なのかは完全に女性の理解の範疇外になる。
ともかく、地下だと仮定して女性は階段を上り続けた。
そして、4階ほど上に登ったところで、唐突に足を止めた。
理由は二つある。
まず一つは、階段がないと分かったから。
階段を上った先は巨大な部屋だった。
壁と床と天上と、壁にかけられたランプだけの部屋。
見た限りでは、他には何一つとしてない。
ただ広いだけの無機質かつ無意味な空間。
あるいは隠されているのかもしれないが、それならばこんな無駄に広いだけの空間を探すよりは、一度降りて別の階段を探す方がよほど効率的である。
そしてもう一つ。
部屋の真ん中に。緑色の法衣を着て、帽子を被った青年がいる。
青年は足元を見つめながら、何やらむむむ、と唸っていた。

「――おい」

声をかける。
あるいは、この男なら出口を知っているかもしれないと考えたのだろう。
が、男は足元を見つめたまま身動き一つしない。

「おい!そこの男!!」

再度呼びかけたが、やはり身動き一つない。
仕方なく女性はその男に近づいて、肩を叩いた。

「…おい」

「あ、はい。何でしょうか」

青年はあまり驚きもせずに、呼びかけに答えた。

「……出口、知らないか?」

「知ってますよ。この下を道なりに進んでいった先です」

そう言って、自身の足元を指差す。

「下?」

覗き込む。
…銀色の小箱があった。
銀製ではないが、かといって鉄や銅で作られているわけでもなさそうだ。
その小箱の左隅が長方形型に切り取られ、中には3本の太い…紐?がある。
紐は3色。赤、青、黄色に分かれており、紐の先は箱の奥へと繋がっているようだった。
小箱の上には、文字盤が埋め込まれていて、そこには「3:00」と表示されていた。何故か、徐々にその数は減っていく。
その減り方――「2:99」ではなく「2:59」だった――から、これは時間を示しているのだと何となく思う。
…それが何かは、女性には理解できない。
理解できるのは一つだけ。
見た瞬間に直感した。これは、危険な物だ――。

「…これは」

「爆弾ですよ。私のお手製♪」

嬉しそうに緑色は言った。
一瞬、殴り飛ばしてやろうかと思ったが、何とか堪える。

「……何故、こんな所に」

「この爆弾の下に扉があるんです。で、その扉を破壊しようと思って。
 都合よく持っていたんで、折角だから使おうかな、と。
 まあ、鍵なんかかかっていなかったから意味はないんですが」

「…威力は」

「この世界を4回ほど粉々にしてもお釣りがきます」

「強すぎだろう!何を考えている!!」

「あっはっはっはっはー。そりゃもう、世界の破滅と絶ぼへぶうううっ!」

我慢できずに殴り飛ばした。
冗談かどうかはさておき…本当であれば、現在かなり危険な状況である。

「解除方法は!」

殴り飛ばした先を見るが、誰もいなかった。
ただ、やはり良く分からない何かが置かれている。
なんだこれはと思う間もなく、その「何か」が喋り始めた。

「…あー……テスト、テスト……テストは嫌いじゃあああああああっ!!
 ……ふう。すっきりした。それではテスト終了。解答用紙は後ろからー」

「……?」

先程の緑色の声に似ているような気がするが、変身でもしたのだろうか。
そんなことを考えていると、唐突にその「何か」が呼びかけてきた。

「こちら第3歩兵部隊!繰り返す!こちら管制塔!!
 隊員、そちらに爆弾があるというのは本当か!!」

「…あ、ああ。あるぞ。変な男が自分で作ったと言っていた…」

「クソッ!なんて卑劣なやつらだ!!
 いいですか、お嬢さん!落ち着いて、落ち着いて聞いてください!
 落ち着けええええええええええええええええええっ!!」

「お前が落ち着け。それより、どうした?」

「うむ。我々は宴か……緊急事態が起こったので、そちらには行けない。
 よって、爆弾の解除方法をそちらに伝える。良く聞いてくれてありがとう」

「まだ言っていないだろう。早く解除方法を言え」

「……冷たいお嬢さんなのねん、くすん。
 それでは、悲しみに耐えて耐えて耐え抜いて、良く頑張った!感動した!
 この我々が、解除方法を伝授しましょう!
 …なお、我々はその時の気分次第で正直になり、嘘つきにもなり、中途半端 に正直になったりします」

「何だそれは」

「ぶっちゃけた話、パズルです。
 爆弾は正しい順序で紐を2本切れば解除されますが、間違えたらドカン。
 今から3回、その順序を伝達します。
 うち1回は全て本当、1回は片方が本当でもう片方が嘘、1回が全部嘘。
 どれが嘘でどれが誠かを判別し、爆弾を解除しYAGARE!」

「……全てが終わったら、容赦なく壊滅してやる」

「無駄無駄だぴょん。なお、このテープは発言終了後に自爆する。
 魔王ゾーマのメガンテくらいは威力があるけれど、気にしない気にしない♪
 その程度じゃあその爆弾は傷一つつかないのだっ!!
 では、行くぞ!準備はいいか!?野郎どもっ!!」

…そうして、その「何か」は、解除方法を【喋り】始めた。

「いちねんいちくみ、苦痢不斗DEATH!
・わたしはしょうじきものではないです。ごめんなさい。
・わたしは、くらぃふとーさんのことはきらいです。
・でも、くらぃふとーさんは、うそつきではありません。
・あおいひもをきったらドカンです。
 はい、良くできました〜!(パチパチパチ)」

「……よし、2回目」

「拙者、腑徒衛門九里介と申す者。
 これより解除方法を伝達致す。心して聞くように!
・先ず最初に言っておくが、拙者は嘘偽りは一切申さぬ。
・次の優男は信用するな。あやつの言うことは全て虚言ぞ。
・事実、先の童もあやつのことを嫌っておる。当然だな
・最後に黄色の紐を斬るでないぞ!死にたくなくばな!
 では、拙者、終われる身故……御免!
 (走り去る音。その数秒後、複数の人間が走る音)」

「…お前は一体何人いるんだ。次」

「――私の長所は、何人もの私がいることだ」

「そんなことはいいから早く解除方法を言ってください!3回目っ!!」

「ふっ……怒りのあまり地が出る…そんな君も、ビューティフォー…。
 マイネーム・イズ・クラィフィトー!!
 では、麗しのユーに、この私が解除方法をティーチしてあげよう。
 宜しければ、ミ−の存在と言葉をフォーゲット!しないでくれると嬉しい。
・ユーはあまりにも美しい。だから、私は嘘をついてしまうかもしれない…。
・最初のガールは、たまにトゥルーをトークするがね。
・ガールはミーのことをラブ!…愛しているのさ。もてる男は辛いね…。
・イエローの紐はラストにカットしてください。レディー。
 それでは、あなたのラックを祈っております。では、グッドバイ!」

べきっ!!

「ふう……すっきりした。さて、解くとするか」







――馬鹿との付き合い、ご苦労さん。
――解答はこの下だ。一応の答えを出してから読んでくれよ。























―――準備はいいのか?それじゃ、解答だ―――
















――解答――

とりあえず、あの妄想神官の発言をまとめよう。
…気ぃつけろよ。この問題、けっこうレベル高いぜ。

「A」
・自分は正直者ではない
・Cは嫌い
・Cは正直
・青い紐を切ったら爆発する

「B」
・自分は正直
・AはCが嫌い
・Cは嘘つき
・最後に黄色い紐を切ってはいけない(最初に黄色い紐を切る)

「C」
・――(曖昧なので除外)
・Aは自分を好いている
・Aはたまに正直(Aの発言は片方が本当で片方が嘘)
・最後に切るのは黄色の紐

うち、一人が嘘つき、一人が正直者、一人が半分正直者で半分嘘つき。
仮に誰が嘘つきで誰が正直者なのかが分かったとしても、紐をどんな順番で切ればいいのかが分からない。
…なんともややこしいが、解かなきゃ死ぬだけだ。頑張ろうな。
まず、矛盾している発言を集めてみようぜ。

・「A]Cが嫌い「B」AはCが嫌い「C」Aは自分が好き
・「A」Cは正直「B」Cは嘘つき
・「B]最初に黄色い紐を切る「C」最後に黄色い紐を切る

とりあえずはこんなところだ。
見れば分かると思うが、3人揃って発言しているところがあるよな。
ここに注目してくれ。
同じ意味の発言をしているのは「A」と「B」の二人だよな?
それに対して「C」一人が、それと反対の意見を言っている。
ということは、「C」が半分正直で半分嘘つき、ということはないぜ。
だって、そうじゃなければ「A」と「B」の意見は対立するはずだよな。
対立してないってことは、どちらか片方が半々だってことになる。
「C」の発言は「全て真実」か「全て本当」だ。

とりあえず、この「C」が正直か嘘つきかが分かった方がいいな。
調べる方法は……普通は矛盾しているところを見るのがいいけど、あと「C」の発言で矛盾しているのは、爆弾の解除方法のところしかねえな。
これは正解かどうか分からないから、後回しにしようぜ。
というわけで、とりあえず仮定して考えてみよう。

「C」が「正直」の場合、Cの発言である

・Aは自分を好いている
・Aはたまに正直(Aの発言は片方が本当で片方が嘘)
・最後に切るのは黄色の紐

…は、全て本当のことということになる。

「C」が「正直」の場合、「A」が半々だから「B」は嘘つきになる。
「B」の発言である

・自分は正直
・AはCが嫌い
・Cは嘘つき
・最後に黄色の紐を切ってはいけない

という発言は全て嘘になってしまう。
この中に一つでも、「A」の発言と同じものがあれば、この仮定は間違っていることになるけど……うん、大丈夫だな。一つもない。
じゃあ、最後に「A」の発言のうち2つが「本当」で二つが「嘘」ならこの仮定は正解ってことになる。先の二人の発言を考えると…こうなる。

・自分は正直者ではない(正)
・Cは嫌い(嘘)
・Cは正直(正)
・青い紐を切ったら爆発する

…お、最後の「青い紐」が嘘だとすれば、見事に二つに分かれるな。
つまり、「C」が「正直者」だという考えは矛盾点がないということになる。


…じゃあ、今度は逆に考えてみよう。
「C」が嘘つきだった場合だ。
さっきので「B」と合致する部分がないってことが分かっているから、ここでは「A」と「B」を比較はしなくてもいいよな?
「A」の発言を調べてみようぜ。

・自分は正直者ではない(?)
・Cは嫌い(正)
・Cは正直(嘘)
・青い紐を切ったら爆発する

…おっと、ここで矛盾が発生したな。
最初の発言だが「C」のいうことが「全て嘘」だとすると、こいつは「半々」ではない。…が、「C」が「嘘つき」だとすると、「A」は「正直者」ってことになる。けれど「A」は自分は正直者でないと言っている。
これじゃあ「A」はどれにも当てはまらなくなってしまうわけだ。
つまり「C」が嘘つきってことは在り得ないわけだな。
だから「A」は「正直者」「B」は嘘つき「C」は半々ってことになる。

…じゃあ、これが本題だ。
爆弾の解除方法について述べていることをまとめてみようぜ。
「A」青い紐を切ったら爆発する
「B」最初に切るのは黄色の紐
「C」最後に切るのは黄色の紐
このうち、「正直者」の「C」の発言と「嘘つき」の「B」の発言から最後に切るのは「黄色の紐」だということが分かる。
残った「半々」の「A」の発言。この発言はさっきの証明で「嘘」だと分かったよな?嘘ってことは「青い紐を切っても爆発しない」ってことだ。
青い紐を切っても爆発しないってことは、青い紐は「切るべき紐」だ。
黄色を最後に切るんだから、青い紐は最初に切る紐だな。
つまり、爆弾の解除方法は
「青い紐→黄色い紐の順に切る」ってことだ。

…お、俺が説明している間に、あっちは解除が終わってるみたいだな。
やれやれ、何とかなったか…。
ま、あの馬鹿神官のことだから、まずゲストは死なせないだろうけどな。
それじゃ、またいつか会おうな!