「…ああ、私、あなたの泣き顔、始めて、見た――」
――『臨終閑話』――







爆弾の下にあった扉を開け、女性は階段を降りて行った。
…降りた先にあったのは長く薄暗い通路。
女性は躊躇わず、その通路に足を踏み出そうとした。
と、最初の一歩を踏み出した瞬間。

「――進む前に、俺の忠告を聞くことをお勧めする」

階段の上から、声をかけられた。
咄嗟に振り向く。
――また、気付かなかった――!?
が、そこには誰もいない。
通路は狭く、人一人しか通れそうもないから、すれ違うのは不可能――。

「殺気立っても無駄だ。俺はどうあっても「死」なない身なのだからな」

声は再び背後から。
再び通路側へと振り向く――。

「――」

「ようこそ、破滅の序章へ。入場券はお持ちかな?」

からかうように尋ねてくる――厚手のローブとフードを纏った、黒衣の男。
その顔は、深く被ったフードと暗い通路のせいか、全く見えない。
…もっとも、顔があるのかどうかは疑問だが。
何せ、この男の雰囲気は異常だった。
存在感・気配は皆無ではない。
意識すれば、確かにそこに存在していると理解できる。
が、それは意識しなければ、存在していると把握できないということ。
この男は、あまりにも「自然」すぎるのだ。
まるで遥か昔――世界の始まりから存在していたかのような雰囲気。
空気よりもなお透明なその男は明らかに「異常」だった。

「……ま、そう殺気立たないで忠告を聞いてくれ。
 別に、お前の命を取ろうと思って近づいたわけじゃないんだからな」

「…忠告、だと?」

「ああ。忠告だ。
 この世界を抜け出したいのなら――ここの先に進むだけじゃあ駄目だ。
 むしろ、進むことで「組み込まれてしまう」可能性すらある」

「――?」

意味が分からないのか、女性は眉を潜める。
が、黒衣の男はそれに構うことなく話を続けた。

「抜け出すには「再開」する前に「終」わらせろ。
 そうすれば、後は俺が何とかしよう」

「…何なんだ、ここは?」

「――泡沫の夢といったところか?
 存在しているとも、していないとも言えない世界。
 無限にして夢幻。終わりつつ始まる、混沌たる秩序に守られた聖域だ」

「…つまりは、異世界ということか」

女性がそういうと、黒衣の男は首を横に振る。

「いいや。ここは「異」なんてもんじゃない。
 本来ならば「決して存在しないはずの世界」なんだからな。
 異端なんて生半可な表現じゃ物足りない。
 …そうだな、強いて表現するなら「裏世界」といったところか」

そこまで言うと、黒衣の男はニヤリと笑った。

「…それじゃあ、今度はこちらから【質問】をさせてもらおう」

「またか。こちらが質問するたびに何か質問されているような気がするな」

「……それは当然。それこそが、ここの『規則』なんだからな」

またもや意味の分からないことを言ってから、黒衣の男は【質問】を始めた。

「昔々、とある大国に伝わる昔話だ。
 その国の弟皇子はとても残虐な性格をしていて、自分に刃向かう思想家や学 者を容赦なく断罪していった。
 そしてある時、危険な思想を振りまいたとして、ある思想家を逮捕し、処刑 することにした。
 そしていよいよ処刑の日。思想家に対して、弟皇子はこう言った。
 『これからお前はどうあっても死ぬわけだが、最後にチャンスをやろう。
  お前に最後に一言、何かを語らせてやる。
  もしそれが真実であれば、首を刎ねて一瞬で楽にしてやる。
  もし嘘だったのならば、地下牢で死ぬまで拷問をしてやろう』
 さて、思想家が困っていると、優しい兄皇子が出てきて、何やら思想家に耳 打ちした。それを聞いた思想家は目を輝かせ、ある事を言った。
 それを聞いた弟皇子は頭を悩ませた。
 結局、思想家の処刑は中止され、やがて思想家は無事に城を出れた。
 さて、思想家は何と言ったのか?」

「…それは、お前にとって必要な質問なのか?
 お前と何ら関係のないように思えるのだが…」

「まあな。関係はない。
 関係はないが、こういう質問をする必要があるんだよ。
 …さて【質問】をしたんだからもう一つ、俺も【質問】をするぞ。
 ――さっきのは、実を言えばただの昔話なんだが。
 こちらは本当にあった話だ。もっとも、伝えられてはいないがな。
 …昔々、とある大国のお話だ。
 その国の弟皇子は、頭も良く行動力もあったが、多くの人に嫌われていた。
 ある日、弟皇子は律法学者にこんなことを言われた。
 『皇子、貴方は平和な国を作れますか?』
 弟皇子は自ら戦争の指揮を取り、多くの国に攻撃をしていったからな、恐ら くは嫌味のつもりなのだろう。が、皇子は落ち着いてこう答えた。
 『平和な国と言うのは、どんな国だ?』
 『犯罪の起こらない国です』
 すると皇子は冷たい笑みを浮かべながら、こう答えた。
 『今すぐにでも作れるぞ。決して犯罪の起こらない国をな』
 さて、その方法とは何だ?」







――実はこれ、最初のは、私が出した問題なんだよね。
――後のは違うけど…。ところで、準備はいいの?























―――それじゃあ、解答をしよっか―――
















――解答――

まずは『真実と虚偽』の問題から。
「本当のことを言ったら首を斬り、嘘を言ったら死ぬまで拷問」
もちろん、答えようのないことを言うのが一番だけど…。
だからといって、確かめようのないことを言うのは駄目だよ。
この時代では皇帝は神と同等なんだから。
きっと事実はどうあれ、皇帝の考え=真実、ってことになるんだから。
これは、矛盾させるしかないんだね。
…もう、正解を言っちゃおっか。
思想家は「私は死ぬまで拷問を受け続けるだろう」って言ったんだよ。
そうすれば、首を斬ったら、拷問を受け続けていないのだから「真実」ではなくなってしまうから、首を斬ることはできない。
かといって、死ぬまで拷問を続ければ、言ったことが「嘘」ではなくなってしまうから、拷問をし続けることもできないからね。

それじゃ、次の問題。
今度は『犯罪の起こらない国』の問題だね。
正解は「法律を全て撤廃すること」
こうすれば「犯罪者」はいなくなっちゃうよね。
「犯罪者」っていうのは法に違反した人なんだから、法律がなくなっちゃえばどんなことをしても「犯罪」ではなくなる。
…そういうのって、本当に平和な国とは言えないと思うけど…。

…あ、もう、時間だ。
……できれば、もうちょっとだけいたかったけど…。
仕方ないよね。こうして、また彼の顔が見えただけでも得と思わなきゃ。
――じゃあね。ばいばい。