「一粒の麦は地に落ちて死ねなければ一粒のままである。
 だが、死ねば多くの実を結ぶ」
――ヨハネによる福音書――







暗くて深い森の中、二人分の足音響く。
先にあるのは暗黒が。されど帰れば深淵が。
どちらに行っても先はなく。どちらに行っても光はない。
――さあ、闇色の歌を奏でましょう。
この、哀れなる仔山羊の群れに。

「…神官長。さっきから、誰かに見られているような気がするんですけど」

「気のせいですよ。誰がどこから見ているって言うんですか」

呟く声には恐れの影が。けれど顔には希望の光。
ああ――なんて、美しい。まるで、虚ろな蝋人形。
いつまでも、飾り物にしておきたい。

「その、森全体から…でしょうか。視線と気配を感じます…」

「……暗い所が苦手なのは、相変わらずですか」

「だって〜……!」

神官の片方。女の仔の方が、べそをかく。
愛らしい。もし苦痛を与えたら、彼女はどんな顔を浮かべるのだろうか――。
……それにしても、退屈だこと。
そう言えば、彼らはこの世界の掟を知らないままだ。
それは、不公平だろう。

「……もし、そちらのお二方」

驚きの表情を浮かべながら、振り返る。
…その顔があまりにも可笑しかったから、つい、吹き出してしまった。

「驚かせてしまったようですわね。申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ失礼しました」

男の仔が、頭を下げる。
それに少し遅れて、女の仔も。

「…時に、お尋ねしますが。ここの掟をご存知でしょうか?」

「掟…ですか?いえ、私共は何も存じ上げませんが」

「ほほ…それでしたら、老婆心ながら、お教えしますわ。
 ――何かしらの【質問】をする度に、何かしらの【質問】に答える。
 これが、この森の掟ですわ。
 ここにいる者は例外なくこの掟に従っております。
 …無論、私も」

「もし、破ったらどうなるんですか…?」

不安そうな仔供の眼。
引き裂きたくなる衝動をどうにか堪え、その【質問】に答えた。
……図らずも、これで貸し借りはなしとなる。

「さあ…?私は、破ったことなど一度たりともないので、存じ上げませんわ。
 ……それでは、気をつけてくださいましね」

それだけを言って、暗い小道へと戻って行く。
二人はしばらくの間、そこにきょとんと立っていたが――

「行きましょう。とにかく、人を探さないと――」

「ふむ。人をお探しですかな?」

後ろから、黒い法衣に身を包み、一冊の厚い本を抱えた老人が声をかける。
二人は再び仰天して振り向いた。
その顔があまりにも滑稽だったので、私も再度吹き出す。

「…これは失敬。驚かせてしてしまったようで、すまない」

「いえ、いいですけど……おじいさん、誰ですか?」

女の仔が、無邪気に尋ねる。
もう片方が何やら顔をしかめていたけれど、老人はさほど気分を害した様子もなく、その【質問】に答える。

「私はただの神父だ。決して妖しい者ではないよ。
 ……では、今度は私からの【質問】だ。よろしいかね?」

「掟――ですか」

「あ…」

そう言われて、ようやく女の仔は先程の忠告を思い出したらしい。
――つい数分前、私が言ったばかりなのに。
……まあ、いいわ。赦してあげることにしましょう。

「ええ。掟です」

「解りました。どうぞ」

そうして、老人が【質問】する。
因みに。
この掟が破られたことは今まで一度もないし、ここにいる者は破れるわけがないから、実際にはどうなるのか私が存ぜぬのは、真のこと。
けれど。どうするかを考えていないのかと問われれば、その答えは否。
もし、この蜘蛛の巣にかかった獲物が、掟を破ればどうするか。

――喰らう。
――肉は無論のこと、血も、毛髪も、骨すらも。
――あらゆる全てを喰らい尽す。

それを知らぬ二人は。
老人の声に耳を傾けた。

「私が天国と地獄の分かれ道へと差し掛かった時のことです」
 
「…え?天国と地獄って――」

「ええ。あの世のことですよ。私はすでに死んだ身ですから」

「……どうぞ、話をお続けください」

「ありがとう。――その時、私の目の前には二つの道がありました。
 道は果てしなく続いていて、見ただけではどちらが天国でどちらが地獄なの かはわかりません。
 しかし、分かれ道の所には3人の案内人がいました。
 もちろん私は、3人に案内してもらおうと思ったのですが――。
 3人に近づいた瞬間、主が私の頭の中に語りかけてきました。
 『その3人のうち一人は、私が送った天使だ。
  しかし、一人はお前と同じように、分岐点に辿り着いた人間。
  そして一人はおまえを迷わせるために来た悪魔だ。
  誰が誰なのかは、私にも分からない。
  しかし、天使は常に本当のことを言い、悪魔は常に嘘をつく。
  人間は解らん。嘘をつくこともあれば真実を話すこともある。
  また、3人は「はい」か「いいえ」しか話さない。
  …それでは、おまえも行き先に迷ってしまうだろう。
  そこでだ。本来は禁止なのだが、特別に2回だけ彼らに質問する許可を与  えよう。2回だけ質問をしてから、道を選ぶが良い』と。
  もちろん私は、天国に行きたい。では、どうすれば良いのでしょうか?」

…もちろん、【解答】を導き出さなければ私に食べられるだけ。
悩む二人を見下ろしながら、私は「その時」を待つことにした――。







――あ、今回の解答は同じ神父ということで、私がさせていただきます。
――解答は出ましたか?お済みでしたら、どうぞ下へ。























―――といっても、私はこれを読むだけなんですが―――
















――解答――

では、僭越ながら私が解答をさせていただきます。
…え?どうして今日は真面目かって?
いえいえ、私はいつも優しく真面目でちょっとお茶目な好青年ですよ。
決して、首元に毒針が突きつけられているからではありません。
……とにかく、解答にしましょうか。
といっても、私はここに書かれている文章を読むだけなのですが。
…ふう。つまらない。
私だったら、もうちょっとこう、破壊的な解答を……いえ、何でも。

…ええと、まず、卵を2個と砂糖おおさじ……。
いえ、違いますミネアさん。本当に書いてあるんですってば!ほらここ!!
だから毒針は止めて、止めて……にぎゃああああああああああっ!!



ええと、それじゃあ私が読みますね。
あ、彼でしたら、疲れてしまったのか倒れてしまって…。
今、そこ(床の上)で寝ています。
とりあえず、解答に移りましょうか。
ええと…あら、本当に書かれてますね。
あ、いえいえ。こちらの話です。

…これはいわゆる「嘘つき村と正直村」のパズルの発展型ですね。
かなり難しくアレンジされていますけれど…。
…初っ端からこれですか。この森はハイレベルなパズルが来そうですね。
ああ、ごめんなさい。解答に戻ります。
――まず、ここで問題をややこしくしているのが「人間」の存在です。
これが「天使」と「悪魔」だけだったのなら、こう質問すれば済みます。

「あなたは『この道が天国に行くための道ですか?』と聞かれたら『はい』と 答えますか?」

もし天国なら、天使は正直者ですから「この道が天国か?」と聞かれれば当然「はい」と答えますから、答えは「はい」
逆に悪魔ならば「この道が天国か?」と聞かれたら嘘をついて「いいえ」と答えます。しかし「『はい』と答えるか?」と聞かれたら、嘘をついて「はい」と答えるでしょう。
地獄ならば、その逆。どちらも「いいえ」と言うはずです。
本来ならば一回で済むはずなのです。
…しかし「人間」の存在によって、それもままなりません。
――こういうヤツって、イオナズンでも叩き込んでやりたくなりますよね?
…失礼。個人的な感情が入ってしまいました。

幸いにも、質問するチャンスは2回あるわけですから、1回の質問で誰が人間なのかを判別できれば、この問題は解決します。
その場合、質問する相手とは別の一人を指しながら、こう聞けば良いのです。

「あなたは『この人は人間か?』と聞かれたら『はい』と答えますか?」

先の理論の応用ですね。
こうすれば、聞いた相手が天使か悪魔ならば、人間だったら「はい」
そうでなかったら「いいえ」と答えます。
ここまでは、あるいは簡単に辿り着けるかもしれません。
しかし、問題はここから。
――もし、最初に聞いたのが人間だったら?
この法則は打ち破れてしまいます。
――本当に忌々しいですね。ザキ→ザオリク×∞の刑に処してやりたいです。
…再度、失礼しました。
この問題を解決するには、質問した後の行動がポイントなんです。

もし「はい」と答えたら、残りの一人に最初の質問をします。
逆に「いいえ」と答えたら、指した相手に質問をすればいいのです。

こうすれば、仮に最初に聞いた相手が人間だったとしても、2回目の質問は天使もしくは悪魔に尋ねることができます。
つまり、解答をまとめるとこう。

一度目の質問
「あなたは『この人は人間か?』と聞かれたら『はい』と答えますか?」

「はい」と答えた場合は残りの一人に。
「いいえ」と答えた場合は指した人に質問する。

二度目の質問
「あなたは『この道が天国に行くための道ですか?』と聞かれたら『はい』と 答えますか?」

「はい」と答えた場合はその道が。
「いいえ」と答えた場合はもう一方の道が天国ということになる。

…もう一度言いますけれど、これ、相当にハイレベルな問題ですよ。
これ考えた人、本当に人間なんでしょーか…。
ちなみに、私だったら
「この馬鹿神官を追い返して欲しかったら正直に答えなさい。
 天国はこっちですか?嘘をついたらマダンテです」
と、一回の質問で判明させるんですけどねー。
もちろん、馬鹿神官は地獄に叩き込んでおきますよ。
……ところで、この本。表紙に「diary」と書かれているんですが…。
なんで、日記に解答が書かれているんでしょうね。
しかも、何故か日付が明日になってますし。不思議ですねー。