「ある男を憎むなら、殺さずに生かしておけ」
――ヒンズーの諺――







神父と別れた二人の神官、暗い小道を再び歩く。
獣の口へと歩み出す。
――もう、決して逃げられない。

「…神官長。何だか、視線と気配を感じるんですけど…」

「だから、気のせいですよ」

「いえ、そっちじゃなくって、別の気配と視線なんです。
 場所もある程度は特定できます。例えば――」

そこ、とある一点を指差す。
振り向いた男の仔の目線が鋭くなった。
私も見てみる。と、木の陰に若い雄の姿がある。
――絶望と使命感に燃え滾った瞳。
らんらんと輝くそれは、まるで地獄の業火のよう。
…なんて、醜い。刹那の時すら、共に過ごすことを躊躇ってしまうほどに。
が、この森にいる者を、私の美意識だけを理由に殺すわけにはいかない。
私は我慢し、様子を見ることにした。

「…出て来てください。私達は、あなた方に危害を加える気はありません」

「そうですよ。私達は別に、怪しいものじゃないです」

二人がそう言うと、しばらくした後、先の木の影にいた雄の他、茂みの中から成人した雌。別の木の陰から幼い雄と老齢の雄が出てきた。
その風体については語る事はない。醜い。汚らわしい。見たくもない。
その醜鬼の集団の頭らしき雄が、神官達に話かける。

「…ならば、ワシらを救いに来たのか?」

「いえ。たまたま通りかかっただけです。
 ですが、お手伝いできるのであればお手伝いしますよ。
 何を困っているんです?」

――どういうこと?
【質問】せずに済むことを、わざわざ【質問】する雄は相当の戯けである。
が、私が見たところでは聡明なはずの男の仔まで、もっと別のことを聞けば良いはずなのに、黙っても解ることを【質問】するのは何故か。
…その真意が掴めない。が、考えて解ることでもあるまい。
思考を打ち切り、再度。今度はまともな【質問】をする雄と、その言葉に耳を傾ける二人に注意を戻す。

「実は、ワシ等は戦争をしようとしておるんじゃ。
 仲間も集まっており、これからワシ等はその仲間と合流をするつもりだった んじゃが…。そこで困ったことが起こってのう。
 どうするかを相談しておったんじゃ」

「なるほど。では、私達もその『困ったこと』を解決する方法を、あなた方と 共に考えましょう」

「それはありがたい。我等が神のご加護があらんことを…。
 …その困ったことというのはな、その合流地点のことなんじゃ。
 ――合流地点に選んだのは、とある人気のない山の中にした。
 しかしな、最近になって、その山がちょうど作戦決行の日に軍事演習に使わ れているということが、仲間の情報で明らかになったんじゃ」

「それで、別の地点にしようとしたか、あるいは別の日に――」

「いや。そんなことをすれば、ワシ等が軍を恐れてるとかいう輩が出てきて、 仲間の多くは情けなくも逃げ出してしまうじゃろうて。
 そこで仕方なく、軍に近づかないようにという連絡を出して、そこに合流す ることにしたんじゃが…ここで、重大な事実が判明したんじゃ」

「山の中に熊が出るとか!」

「…それならまだいい。熊なら対処のしようもあるからな。
 ワシ等が問題としているのは演習に来る軍のことなんじゃ。
 その日、『砂漠の狐』と『黒い犬』と『焔の虎』という部隊も参加すること になっておるという情報が、つい最近明らかになった。
 その3部隊はワシ等の天敵とも言うべき部隊でな。
 今の状態で遭遇するのは、あまりにも危険なんじゃ」

「部隊も、ということは…」

「うむ。他にも3部隊。『聖イラスコフの羊』『蒼い馬』『小鹿の騎士』が参 加することになっておる。こちらは、まあ、何とかなるじゃろう。
 …そして、ここからが問題なんじゃ。
 この6部隊が今回演習に出るということは突き止めた。
 その場所も、先程の山の他、森と湖に行くことも分かっておる。
 しかし、どの部隊がどこに演習に行くのかが判明できんかった。
 『狐』や『犬』あるいは『虎』に遭遇したらワシ等は終わりじゃ。
 もし、奴が山にいるとしたら、残念じゃが中止命令を出さざるをえぬ。
 が、もしいないとしたら、ワシ等は無駄に戦力を失うことになる。
 どうしたものかのぅ…」

「情報はそれだけですか……これでは、どうしようもありませんね」

「ん?いやいや、実は少しだけ判明しておるんじゃ。
 主等は言わば、ワシ等の一時の友じゃ。特別に教えてやろう。
 …実はその6部隊の隊長は、それぞれ複雑な関係にあってな。
 『一時も顔を合わせたくない!』と、今までも顔を合わせないようにするた めだけに演習の場所を変えた事が何度もあった。恐らくは今回もじゃろう。
 もっとも、誰がどこにいるのかを知れるのは、後発組だけじゃがな。
 …説明を加えよう。演習は、2つの部隊が共同して行う。
 部隊は演習の移動日に、上官から先発組と後発組に分けられるんじゃ。
 先発隊は文字通り、目的地である山,湖,森に先発して、安全を確かめる。
 その後、安全を確認したら後発隊がそこに向かうんじゃ。
 誰がどこに行くかは移動の直前になって初めて上官から指示を受ける。
 先発組は後発組がどこに行くのかは知らんが、後発組は既に先発組がどこに 行くのかを指示されているのを聞いているので、分かる。
 指示を受けた時、上官に申し出れば変えることができるんじゃ」

「…つまり、演習の場所である『山』『湖』『森』の3地点で、2部隊を演習 を行う。2部隊はそれぞれ先発組と後発組に分けられ、直前になって初めて 自分の行く場所を伝えられる。
 だから後発組は行き先に苦手な相手がいたとしたら場所を変える、と」

「その通り。御主、冴えておるのう。
 …さて、それじゃあ情報を伝えようか。
 少し複雑だから、しっかり聞いておくんじゃぞ。
 
 まず「狐」の隊長は「犬」の隊長が苦手じゃ。
 いつも「真面目にやれ!」と文句を言われて、寝る暇もないとか。
 「犬」の隊長がいる時は、決して近づこうとはせん。
 
 次に「犬」の隊長は「羊」の隊長が苦手じゃ。
 「羊」の隊長は、いつも「犬」の隊長に迷惑をかけとるからな。
 「付き合ってられん!」とぼやいておったよ。
 「羊」の隊長には近づかないように気をつけているそうじゃ。
 
 次に「虎」の隊長じゃが…これは特に苦手な隊長はおらん。
 むしろ、他の隊長から『猛虎』と恐れられておるよ。
 彼を苦手にしておる隊長も多いぞ。

 「羊」の隊長は、「狐」と「虎」の隊長を心底恐れているようじゃな。
 どちらからも、会う度に『特別メニュー』とやらを押し付けられるとか。
 まがり間違っても、自ら会に行くような真似はせんじゃろうな。

 「馬」の隊長は、「犬」と「虎」の隊長が苦手じゃ。
 「馬」の隊長はナンパ者じゃからのう。二人とも手厳しいとか。
 やはり、自ら会いに行くことだけはせんじゃろうて。
 
 「鹿」の隊長は「虎」の隊長が苦手じゃ。
 あの顔が怖いのだとか何とか…。
 ま、近づくことはないじゃろうな。

 そして、今日から部隊は演習を開始するんじゃ。
 ちなみに、ワシ等はその7日後までに合流地点に行くことになっておる。
 で、昨日、無線を傍受することに成功したんじゃが…。
 その時の内容を、関係のありそうな部分だけ伝えよう。

 『こちら狐。今回は退屈しそうだ、移動する途中、鹿も欠伸をしていた』
 『こちら犬。後発組だから場所を選べた。前回と同じ場所にしたよ』
 『こちら虎。前回と違う場所だ。風が気持ち良い』
 『こちら羊。先発組だからな。静かなもんだよ。山はうるさかったからな』
 『こちら馬。いい空気だが、楽しめそうにない。今回は大変そうだ』
 『こちら鹿。こちらはいたって平和だ。本当は山が良かったが…』

 ちなみに、通信の中にある『前回』というのは前回の演習のことじゃろう。
 山に「狐」と「羊」 湖に「犬」と「鹿」 森に「虎」と「馬」
 これが前回の組み合わせじゃよ。さて、ワシ等が行く地点にはどの部隊が控 えているのか、分かるなら教えてくれんかね?」

…老齢の雄の【質問】はここで終わった。
――なんと冗長な。
愚もここまでくると、奇怪な名画を見た時に似た感慨を覚える。
……さて、二人は質問を正しく把握できたのだろうか?
無論、解けなかったら喰らうだけだが。







――今回の解答は私がしよう。
――準備が出来たのなら駆け足!ぐずぐずするな!























―――解答だ!まさかまだとは言わないだろうな!―――
















――解答――

今回は【質問】が長いが、しっかり把握できたな?
一見するとややこしいが、把握できているのなら簡単に解けるはずだ!
長い文に惑わされるんじゃないぞ!あんなのはただのこけおどしだ!
【質問】を要約するとこうなる。これならば、容易に理解できるだろう?

「狐、犬、虎、羊、馬、鹿、の6つの部隊がある。
 狐は犬が苦手。犬は羊が苦手。虎は苦手なものはない。
 羊は狐と虎が苦手。馬は犬と虎が苦手。鹿は虎が苦手。
 6つの部隊は「山」「湖」「森」の3地点に演習に行くことになった。
 演習は2部隊が合同で行い、直前になって初めて行き先が発表される。
 なので、後発組は苦手な部隊を避けることができるが、先発組は避けること ができない。
 着いた時、狐は「退屈しそうだ。途中で鹿が欠伸をしていた」
 犬は「後発組だったが同じ場所にした」虎は「前回と違う場所だった」
 羊は「先発組だから誰もいない。山はうるさかったが今回は静かだ」
 馬は「今回は大変」鹿は「こちらは平和。山の方が良い」と言った。
 なお、前回の演習では「山」で狐と羊、「湖」で犬と鹿、「森」で虎と馬が
 合同演習をした。以上の条件の時「山」にいる部隊はどれかを答えよ」

…ここで真っ先にやっておくべきことは何だ?
そう、曖昧な狐,馬,鹿の3部隊の発言を分かりやすく言い換えるのだ!
言い換えるとこうなる!
狐「退屈しそうだ」→「苦手な相手も苦手にされる相手もいない」
狐「鹿が欠伸をしていた」→「鹿と同じタイミングで出発した」
馬「今回は大変そう」→「苦手な相手と一緒だ」
鹿「こちらは平和だ」→「苦手な相手はいない」
鹿「山が良かったが…」→「山以外の場所にいる」

そして最後に、これらの情報を整理するのだ!

「狐」
・??組
・?
・「虎」「鹿」のうちどちらかと一緒

「犬」
・後発組
・湖
・「狐」「虎」「羊」「馬」「鹿」のうち誰かと一緒

「虎」
・??組
・「山」か「湖」
・「狐」「犬」「羊」「馬」「鹿」のうち誰かと一緒

「羊」
・先発組
・「森」か「湖」
・「狐」「犬」「虎」「鹿」のうち誰かと一緒

「馬」
・先発組(後発組ならば苦手な相手を拒否するはずだから)
・?
・「犬」か「虎」のうちどちらかと一緒

「鹿」
・??組
・「森」か「湖」
・「狐」「犬」「虎」「羊」「馬」のうち誰かと一緒



これだけなら新米でもできる!
これからこの情報を基にして推理を組み立て、更なる情報を得るのだ!
まず、「狐」は「鹿と同じタイミングで出発した」と言っている。
先発組はすでに「羊」と「馬」がいる。その二つが先発組だとすれば、先発組は4つになってしまうから「狐」と「鹿」は後発組だということになる。
つまり、残った「虎」は、先発組だ。
これによって、ある程度、共にいる部隊の候補を狭めることができる。
演習が2部隊で行われ、また、先発隊が3つの目的地に行っている以上は後発隊が同じ目的地に向かうことは在り得ない。
加えて、苦手な相手のところにも近寄らないとのことだからな。
何、混乱してきた?ならば、改めて情報をまとめてみろ!

「狐」
・先発組
・?
・「虎」と一緒

「犬」
・後発組
・湖
・「虎」「羊」「馬」と一緒

「虎」
・先発組
・「山」か「湖」
・「狐」「犬」「鹿」のうち誰かと一緒

「羊」
・先発組
・「森」か「湖」
・「狐」「犬」「鹿」のうち誰かと一緒

「馬」
・先発組
・?
・「犬」と一緒

「鹿」
・後発組
・「森」か「湖」
・「虎」「羊」「馬」のうち誰かと一緒

上の表は、先発組ならば先発組を、後発組ならば後発組を候補相手から外しただけの図だ。これによって、組み合わせも解ってきただろう?
つまり「狐」と「虎」 「犬」と「馬」 「羊」と「鹿」の組み合わせだ。
…こうなると、残りはいる場所だけだな。
もう一度、情報をまとめてみる。

狐と虎 「山」か「湖」
犬と馬 「湖」
羊と鹿 「森」か「湖」

犬と馬が「湖」にいる以上、羊と鹿は消去法で「森」にいることになる。
残った狐と虎は「山」だな。
つまり「山にいるのは『狐』と『虎』」ということだ!

テロリストどもにとっては不運な組み合わせだったな。
もっとも、今回は逃げられてしまったが……。
しかし、理解できんな。どうしてそんな平和を乱すことをするのだろう…。
…しかし、いつの世も正義を憎むものは必ず存在するからな。
悪を撲滅する日まで、頑張るとしよう。
それでは、色々といつもの癖が出てしまってすまなかったな。
君も色々と気をつけてくれ。ではな。