「空気と光と友人の愛。これだけ残っていれば気を落とすことはない」
―ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ「詩集」――







ようやく、二人はあの愚者どもから離れたようだった。
…亡者の目が遠ざかり、やがて、道は再び暗闇に抱かれて眠る。
漆黒の木々の神殿に、死を思わせる深い静寂。
そして二人は「入口」へと辿り着いた。

「ひゃあ〜!!た、助けて〜!!」

「……神官長。空、何か飛んでますよ」

「……子供に見えますね」

呆然としたように、二人。
…別に、驚くほどのことではないと思うのだけれど。

「あ、そこの人!危ないからどいてどいて〜!!」

「……落ちてきますね。こっちに」

「……ええ。みたいですね」

空をふわふわ漂う童は、バランスを崩して今にも落ちそう。
…まあ、落ちても死にはしない高さなのだが。

「あ、あ、ああ!!お、落ちる〜!!」

「…とりあえず、受け止めてあげなさい」

「はい」

女の仔が、子供を落下地点に素早く移動し――。

「わ!」

「…と、大丈夫?」

「う、うん……大丈夫。ありがとね、お姉ちゃん」

にっこりと無邪気な笑みを浮かべる。
愛らしい。食料よりも、観賞用に保存しておきたくなるような子である。

「……あの、お姉ちゃん達は、どうしてここにいるの?」

「どうしてと言われても…」

困ったような顔をして返答するのは女の仔。
と、男の仔の方が代わりに【解答】する
……どうも、解ってやっているらしい。

「迷ってしまったんですよ。で、今、帰り道を探しているんです」

「ふ〜ん。じゃ、私と一緒だね。ね、一緒に行ってもいい?」

「うん、いいよ」

やった!と、無邪気に喜ぶ子供。
……そろそろ、いいかな?
頃合を見計らって――私は、姿を現した。

「――皆様、お久しぶりですね」

「…あ、あの時の!」

「私に掟を教えてくれたお姉ちゃんだ」

「……何用ですか?」

反応は三者三様。
純粋に驚く者、再開を喜ぶ者、警戒心を露にしている者。

「…あら、珍しいですわね。
 あなたがそんな何でもないことに【質問】をするなんて」

くすり、と微笑む。
男の仔はしまった、という顔を浮かべた。
どうやら、突然の事態の時には頭が上手く働かないらしい。
それもまた、可愛いところだ。

「【解答】をすれば、またもや老婆心ながら、あなた方を帰してあげる方法を お教えしようと思いまして。こうして馳せ参上した次第ですわ」

「…方法?それは一体――」

「…駄目ですよ?一つの【質問】には一つの【質問】を。
 それに、そんなことは行けばわかることでしょう?」

押し黙る男の仔。
…理解が早いこと。
益々気に入った。できることならこのまま永劫に封じておきたい。が、彼等が『訪問者の掟』を守るように、ここにいる限りは、私も『支配者の掟』を守らなくては。

「……では、私からも【質問】をさせてもらいますわ」

「……」

「そうですわね…では、これから行く場所についてお尋ねしましょうか」

「そ、そんなこと、私達が知っているわけが…!」

珍しく男の仔が慌てた様子で怒鳴りかける。
…驚いたこと。もし、答えられなければ『何が』起こるかが――少なくとも、悪い事が起こると――解っている。

「大丈夫ですわ。もちろん、答えに至るまでの道標はお教えしますわ。
 …辿り着けなければどうなるか――もう、解っていますわね?」

――「本性」の一部を表に出す。
途端。
「セカイ」が「変質」した。

「ひ……!」

「し、神官長…!」

「…やはり、そういうモノでしたか」

怯エル仔兎ヲ想ワセルソノ表情。何トイフ快感。何トイフ愉悦。
愉快ニシテ痛快。喰フノガ勿体無ヒ勿体無ヒ。
否、コレハ喰ラフベキ対象デハナイ。
目ヲ刳リ貫キ肉ヲ削ギ落トシ内臓ヲ抉リ毛髪ヲ引キ抜キ耽美ナル芸術トスベキデアロウ……!

「ええ。ですが、別に今は頂く気はございませんわ。
 つい一昨日には牛を。先日は若い雄を頂いたばかりですので。
 …十二分に、栄養は取れていますから」

「…では、もし正しい答えに至れば危害は加えない、と?」

「ええ、勿論ですわ」

真実。
ソノ約束ヲ反故ニスルワケニハイカヌ。
ソレハ絶対ノ『掟』――
決して、破ってはいけないものなのだから――。

「…では【質問】を」

「はい、それでは――参ります」

そうして私は、長くて短い話を始めた。

「まず、予め説明できるところは全て説明しておきますね。
 …私達がこれから行く場所は、私が「入口」と呼んでいる場所。
 あなた方にとっては「出口」とも言えますけれどね」

「じゃあ、まさかそこが――」

「ご明察の通りです。そこが、異世界への門。
 飛び込みさえすれば、元の世界へと帰ることができます。
 ――もっとも、帰るのはあなた方だけではありませんがね」

「…あの、私は帰れるの?」

「勿論、帰れますわ。その二人がそこに入りさえすれば、あなたはこの世界の どこにいても無事に帰り、穏やかな朝を迎えることができます。
 …もっとも、死ねば永遠に眠ってしまいますがね。
 ――さて、話を戻しましょうか。
 ともかく、私達はそういう場所に行くわけなのですが、さて。
 その「出口」はどこにあると思いますか?」

しゃがみ込み、目線を合わせてから童に尋ねる。
童は少し考え込んでから

「…最初の場所?」

少し驚く。ほんの冗談、本題の前の一呼吸のつもりで尋ねたのだが。
よもや、こんな童が【解答】に至るとは――。

「その通り。始まりの場所――私達が至り、そして世界が動き始めた場所。
 この世界の「動力」でもある、私の「本体」がある地域。
 …普通なら動力である私は、そこから動けないのだけれど……。
 幸いにも、私は特別な存在ですので。
 モノガタリに囚われた仮初の神も、塔に幽閉された少女とも違う。
 確かな概念を持ち、受肉し、何者にも縛られない存在なのです――」

「…なるほど。それで、そこに至る方法を答えろ、と」

「察しがよろしいこと。ええ、そうです。
 あなた方に答えて欲しいのは「いかにしてそこに至るのか」
 …勿論、必要な道標は差し上げますけれどね。
 その方法を知るには――その童に聞けばいいのです。ご存知ですわね?」

「え…?」

「私はこの「世界」において、あなたはこの「領域」においては全知です。
 解らぬことなどありえませんわ」

「…でも、私は何にも……」

「――ああ、それもそうですわね。
 あなたは未だ【質問】をしていないのですから。
 早く質問をなさいな。
 その【質問】が【解答】されれば、その方法を「思い出せる」はず。
 【質問】は思い出せますね?まずはそれを話さなければ」

「……わかった。それじゃ、お姉ちゃん達、行くね」

――ようやく、童が【質問】をする。

「私のお友達…冬の女王さんのお城は、いっつも暗いの。
 だからね、夏の女王さんが冬の女王さんに21本のロウソクをあげたんだ。
 冬の女王さんは喜んで、城の玄関に21本全部のロウソクを立てかけたの。
 でね、私がお城に行った時の事なんだけど。
 最初に私がお城についた時は、窓が開いていたからかな。
 2本のロウソクの火が消えていたんだ。
 で、冬の女王さんとしばらく御喋りをして、30分くらい経ってからかな。
 お城を案内してもらった時には、更に5本のロウソクの火が消えてたんだ。
 で、20分後、いよいよ帰る時には11本のロウソクの火が消えていたの。
 帰る時には窓を閉めておいて、その翌日にロウソクを見に行ったんだけど… ロウソクは一体、何本残っていたと思う?」

「…複数回答……答えをいくつか出すのは…」

「もちろん。むしろ、可能性が在るものは全部答えなくちゃ。
 …あ、そうだ。そのロウソクはね、燃え尽きると消えちゃうからね。
 そのことは忘れないで」







――フラーズンって、意外と大人なのよね。
――あ、解答はこの下よ。あなたの答えはもう出たの?























―――少し難しいからね、良く考えて―――
















――解答――

…まず、一つ。
この問題は途轍もなくしたたかよ。
【質問】をしているのがフラーズンだからって、甘く見ない方がいいわ。
いくつも「罠」が仕掛けられているわ。

先に「罠」の解説をしましょうか。
まず「21本全部のロウソクを立てかけた」からといって
全てのロウソクに火がついているとは限らないわ。

次に「窓が開いていたから」というのもそうよ。
これは「風が吹いたから火が消えた」とも「新鮮な空気が入ったから勢い良く燃えた」とも取れるわ。

「2本のロウソクの火消えていた」のも、どちらも燃え尽きたのか、どちらも吹き消されたのか、はたまた片方が燃え尽きて片方が消されたのか。

「更に5本のロウソクの火が消えていた」というのも、ロウソクが30分経てば燃え尽きてしまうほど短かったという可能性が考えられるわね。
もちろん、風に吹き消されたと言う可能性も。

「11本のロウソクの火が消えていた」という文には「さらに」って言葉がないわ。だからこれは「先の2+5+α本」かもしれないし、単に「更に11本のロウソクの火が消えた」ということかもしれない。
このロウソクもまた、燃え尽きた可能性も吹き消された可能性もある。

「窓を閉めた」ら「風が吹かなくなった」とも「空気が悪くなってすぐに消えた」ともとれるわね。

あたりまえだけど「1晩経った」からといって、ロウソクが燃え尽きるとは限らないわ。1晩経っても燃え続ける、大きいロウソクかもしれないでしょう?

そして、これが一番基本的な罠。
「ロウソクは何本残っているか」
尋ねているのは火がついているロウソクではなく、燃え尽きなかったロウソクの本数を聞いているのよ。

そして最後に、ロウソクの大きさが全て同じとは一言も言ってなかったわ。
…だから、ロウソクが燃え尽きる早さはロウソク次第、って事。

つまり「残っているロウソクの本数」で、可能性が在るものは…。
「0〜21」
それこそ、全部残ったとも全部燃え尽きたとも考えられるわ。

…それじゃあ、私は城でフラーズンを待ってるわ。
……あの子、無事に帰ってくるといいんだけど……。
歯がゆいわね。
それじゃあ、あの子のこと、見守ってあげてね。