「お前の光は、今、何処にある」
――ウィリアム・シェークスピア「リア王」――







そうして私達は「門」へとやってきた。
――天には美しき白銀の月。奇しくも今宵は満月。
彼等は竹取の姫となるか。それとも魔狼に喰らわれる月となるのか。

「…ここが」

「ええ。私の「本体」が在る場所にして「始まりの場所」です」

森の出入口。そこを一言で称するならばそんなところだろうか。
私達が今立っている場所から10間ほど離れた所に大きな河がある。
流れはない。が、そこに入るのは私でも躊躇われた。

「……神官長。あの河、底に何かいます」

「亡者です。数えたことはございませんが、数千億はいると思います」

「…この先が、門なんですね――」

童が言う。
…本当に賢い。私の後継者にでも、と思ったが、それは無理だと諦めた。
――「どちら」にしても、この童は私の側から消え去るだろう。

「ええ。今のあなた方にとっては出口ですか。
 その河を無事に渡る必要がありますけれどね」

「一体、どうすれば」

「船をお貸ししましょう。
 二人しか乗れませんが、大丈夫。亡者程度なら何の支障もありません」

「わあ、ありがとうございます!」

「――ただし、条件があります」

3人の表情が固くなる。

「私達も、向こうへ連れて行ってくださいまし。
 門を開くにはその童の力が必要です。
 しかし、無事に帰るには私の力も借りなければなりませんわ。
 他のは…まあ、おまけです。あなた方には何の影響も与えません。
 …もっとも、あの二人には必要なものでしょうが」

「二人って…」

「あなた方のお友達でしょうね。雄と雌。どちらも剣を持っていますわ」

「それってまさか…」

「……あの二人も、この世界に――」

私は首を振るう。

「いえ、ここではない別の『世界』に。
 …ですが、あなた方は彼らを助けたいのでしょう?」

ほほ、と笑った。
案の定、二人とも大きく頷く。

「それでは、今からその方々を連れて参ります。
 船の近くで待っていてくださいまし」



……そして、私は「彼等」を引き連れて、神官達の前に現れた。

「こ、れは…」

「ご紹介しますわ。まず、この赤い2人は「鬼」と呼ばれるモノです。
 彼等は、亡者どもの動きを抑える番人ですわ。
 しかし…そちらの娘さんとは、相性が悪いでしょうね」

「…え、何で」

「中途半端だからですよ。
 神官ではありますが、そちらの殿方と違ってそれほど修行を積んだわけでは ないのでしょう。特に精神修行。
 彼等は、脆弱な精神の持ち主を喰らってしまう癖がございますので。
 同様の理由で、そちらの童も危険でしょう」

「でも、私、大丈夫ですよ」

「それはあなたがたの近くに、その殿方がいるからですわ。
 恐れ多くて近づけないのでしょう。
 少しでも離れればすぐにでも襲い掛かります。
 …紹介を続けましょう。
 こちらにおわす二人の娘は「肉吸い」と呼ばれるモノです。
 これは門の中を安全に進むのに必要なモノです。
 彼等は男性や子供の肉が好物なんです」

童の表情が凍りつく。
私はほほ、と笑ってから。

「ですが、そちらの娘さんがいる限りは大丈夫でしょう。
 腕が立つ相手だと、本能的に理解しているようですから。
 …そして、これが「鵺」と呼ばれるあやかしです。
 これも門の中を進むのに必要です。
 見た目の通り凶暴ですが、神官には大恩があります。
 ですから、あなた方のどちらかがいる限りはこうして大人しくしています。
 …ですが、もしいなくなれば、鬼や肉吸い、そこの童は一瞬にして肉の塊へ と変貌を遂げることになるでしょうね」

ほほ、と笑う。
童は凍りついた表情のまま。

「そして最後に。この箱の中にいるのが「本体」ですわ。
 これも制御に必要なモノです。
 …現在、私は精神だけの活動をしています。
 ですので、精神の近くにいる今こそ安定しておりますが、一度私が離れれば
 見境なく暴れだし、目に映るものすべてを滅しましょう」

「…ええと、他の船を探しましょう」

「駄目ですよ。これしかありませんわ」

ほほ、と笑った。

「じゃ、じゃあ。この二人乗りの船で、向こうまで!?」

「ええ。しかも扱いには多少のコツと体力が要りますので。
 私と神官の娘さん。それと殿方しか漕ぐことができませんわ。
 …ああ、そうだ。鵺も妖術を使えば船を動かすことができますわね。
 それともう一つ。船の上は危険だということは、彼らも重々承知しておりま
 すので、船の上では彼等は誰と一緒でも大人しくしているはずですわ。
 …もっとも、向こう岸についた後どうなるかは解りませんけれど」

「…その条件内で、10人全員を向こう岸に…」

「ほほ。頑張ってくださいましね」

――私は悩む3人を尻目に、地面に腰を下ろした。
残夢は、少しばかり長くなりそうだ――。








「…これで、大丈夫ですわね」

肉吸いと鵺の死体を前に、呟いた。
――ちょうど3人分。
童の世界は遠かったから、鵺ほどのあやかしを贄に奉げなければならなかったが、どうにか五体満足で帰ることができたようだ。

「……さて、夢現はもう終わり。
 口惜しいけれど、愉しかったからまあよしとしておきましょうか」

世界が薄れる。
私も、私のあるべき場所へと帰るのだろう。

「それにしても。何千年ぶりかしら。
 こんな、楽しい夢を見るなんて――」

その言葉を遺して。
私の世界は、崩れ去った。






――さて。私の世界に帰る前に、【解答】と参りましょうか。
――解答はこの下に。お気をつけなさってくださいまし。























―――命は、残っていますわね?―――
















――解答――

これは、試行錯誤を繰り返して解くしかありませんわね。
故に、【解答】の解説はあえて行いません。
私は無事に渡るための「方法」をお教えするだけです。

まず、最初の状況を図に書いておきましょうか。

男,女,童,鬼1 |      |
鬼2,肉1,肉2 |(  船  )|
鵺,私,体    |      |

そして条件。
「男」がいないと「鬼」が「女」と「童」を喰らう
「女」がいないと「肉」が「男」と「童」を襲う
「男」も「女」もいないと「鵺」が「童」と「鬼」と「肉」を殺す
「私」がいないと「体」が全員を殺す
船は二人しか乗れず、船を運転できるのは「男」「女」「私」のみ。

文ではややこしいので、図でそのための「方法」をご説明しますわ。

男,女,童,鬼1 |    ← |
鬼2,肉1,肉2  |(私 船  )|体
鵺        |      |

男,女,童    |   ←   |鬼1
鬼2,肉1,肉2|(私 船 体)|
鵺       |      |

男,女,童,   |   ←   |鬼1
鬼2,肉1,肉2 |(男 船  )|鬼2
鵺,私,体    |      |   

女,童      | ←   |男,鬼1
肉1,肉2    |(鵺 船  )|鬼2
私,体   |      |

女,童     |   ←   |鬼1
肉1,肉2   |(男 船  )|鬼2
鵺        |      |私,体

女,童      |   ←   |男,鬼1
肉1,肉2   |(鵺 船  )|鬼2
         |      |私,体

女        |←   |男,童,鬼1
肉1,肉2  |(鵺 船  )|鬼2
         |      |私,体

         |←   |男,童,鬼1
肉1,肉2|(女 船 )|鬼2
         |     |鵺,私,体

         |   ←   |男,女,童,鬼1
肉2   |(私 船 体)|鬼2,肉1
|      |鵺

         |   ←   |男,女,童,鬼1
体     |(私 船 )|鬼2,肉1,肉
 |      |鵺

         |       |男,女,童,鬼1
         |(  船  )|鬼2,肉1,肉2
      |      |鵺,私,体

お解りになりましたか?
これこそが【解答】ですわ。

…さて、そろそろ私もお暇しましょう。
楽しい楽しい一時の夢、存分に愉しませていただきました。
それでは、またいずれ。
夢の中、この忌まわしき黒い森にてお会い致しましょう。
では…お暇する前に、私の好きな歌を一つ。





露じもの 夜半におきゐて 冬の夜の 月見るほどに 袖は凍りぬ

――柿本人麻呂――