「寂しくはないよ 君と生きているから
ただ名前を呼んでくれるだけでいいんだよ ねぇ それだけ 忘れないで」
――BUMP OF CHICKEN「夢の飼い主」――
長い長い階段を降りる。
行く道は長く、帰る道も長く。
二人は黙々と、永遠に縮まぬ距離を縮めようと歩き続ける。
「……」
「……」
この階段はおかしいと気付いたのが、つい数時間前。
とりあえず戻ってみようとして、諦めたのが1時間前。
そして今は、延々と階段を歩き続けている。
当然ながら、二人の間に会話はない。
その妙な緊張を破ったのは、階段下から聞こえてきた呟きだった。
「はあ〜あ。どうしよっかなぁ…」
「人の声が!」
「分かってる!行くぞ!!」
素早く、声の方向へ駆ける二人。
「……うん?」
間もなく、段差に座って何やら思案顔をしている黒衣の少女を見つけた。
少女は驚くほど美しい顔立ちをしており、しかしながら、どことなく危険な雰囲気が漂っていた。妖艶な美女とでも言うのだろうか。
しかし、それにしてはその表情はなんとも能天気であり、妖艶な美女特有の知的さも妖しさも感じられなかった。
「…そんなに急いでどこ行くの?
この階段、どこまで行っても終わりなんてないよ」
「何か知っているんだな…!」
すごむ騎士に、しかし少女は僅かに渋い顔を浮かべるだけだった。
「知ってるといえば知ってるけど…とりあえず【質問】に答えてよ。
そうしたら、君たちの知りたいことを話すからさ」
「…私達は、この神殿にいるはずの皆の所へ行きたいんです。
ご存知ですか?」
「私は知らないよ。でも、階段下にある門の前にいる奴なら知ってるかもね」
「ありがとうございます――じゃあ」
「あ〜ちょっと待って」
階段を駆け下りようとした剣士に、少女が能天気な声をかける。
「はい?」
「疲れるだけだと思うよ。この階段、どこまで行っても終わらないし」
「何でお前にそれが分かるんだ?」
「――ここをこういう風に作った張本人だから。
君達に道標を与えて、ここのルールを説明するためにね」
――二人の目が細まる。
「何だと?それはどういう意味だ!?」
「……ここのルールはね。
一つ【質問】をする度に一つの【質問】に答えること。
君達はもう二度【質問】をした。
私はまだ一度しか【質問】をしていないから、答えることは出来ないよ」
「いいからさっさと…!」
掴みかかる騎士。
剣士は止めようと手を指し伸ばして――。
「…が……っ!?」
その手を、素早く腰の剣へと動かした。
「動かないで」
少女が、睨む。
それだけで――剣士は、全ての動きが封じられた。
「呪縛の邪眼だよ。しばらくは動けない。
――もっとも、次に動けるのが今世か来世かは君達によるけど」
能天気な表情に、僅かに怒りの色が混じる。
「そもそも、今言ったルールはここでは「絶対」なんだよ。
どんなに力があろうとも、ここにいる限りは決して逆らえない。
私にしたって、こんなことをする気はなかったよ。
ただ、ここの「主」がそうするように望んだからそうしたの」
「…誰だ?そいつは」
騎士が呻き声を上げながら立ち上がる。
…よほど強く衝かれたのか、脇腹を押さえる手は震えていた。
「それは言えない。他はどうあれ、ここでは自己紹介は主だけの権利。
…さて、それじゃあ私の【質問】に答えてもらおうかな。
そうすれば、ここの階段の『血戒』も解けるから」
「…じゃ、聞こうか。その質問とやらをな。が、その前に…」
ちらりと、剣士のほうを見る。
それに気付いた少女が、ぱちん、と指を鳴らした。
「…っ!」
途端、剣士の呪縛が解けた。
身体の異常がないかを確かめるが、特に異常はなさそうだった。
それを満足そうに見ながら、少女が【質問】をする。
「ここにワイングラスと、ワインがあります」
「…ああ、あるな」
ワイングラスは大小二つ。
ワインは一本で、見たことのない銘柄である。恐らくは外国産なのだろう。
「でね、この大きいグラスには5デシリットル。
小さい方には3デシリットルの量の水が入るんだ。
あ、ちなみにワインは3リットルね。
…それでね、私はちょっと親友からお酒の量を制限されてるんだ。
でね、調子に乗って飲んでたら、後1デシリットルになったんだけど。
で、できれば私としてはできるだけ飲みたいんだけど」
「…その二つのグラスを使って、1デシリットル計れ、って?」
「そうそう♪」
「……どんな厄介な質問かと思ったら、パズルじゃねえか」
呆れたように呟く騎士。
「あ、でも条件が一つ」
「何だ?」
「測る時、ワインは捨てないでボトルに戻してね。勿体無いから」
「…ああ、はいはい。そうするよ」
――まったく。彼女の酒好きにも困ったものだ。
――…む、失礼。解答はこの下だ。まだなら気をつけてくれ。
―――では、解答をしようか―――
――解答――
こういう問題は私の得意分野だな。
問題をまとめると
「3デシリットルの容器と5デシリットルの容器を使って
1デシリットルを測れ」ということになる。
手順を説明しよう。
まず、一回目。
5デシリットルの容器にワインを入れ、3デシリットルの容器に移す。
これで5デシリットルの容器の中には、余った2デシリットルが残る。
3デシリットルの容器の中のワインはグラスに戻しておく。
二回目。
2デシリットルのワインを3デシリットルの容器に移し
再び5デシリットルの容器にワインを入れ、3デシリットルの容器に移す。
今度は先に2デシリットル入っているから、4デシリットルのワインが余る。
これで正確に4デシリットルのワインができた。
三回目。
4デシリットルのワインを、3デシリットルの容器に移す。
これで、5デシリットルの容器の中には1デシリットルのワインが残った。
…ふむ。私の出番は終わりのようだ。
それでは、私は一足先に失礼させてもらうことにしよう。
彼女もすぐに戻ってくるだろうしな。