「削げ落ちた快楽 失くしたと気付くこと無く喘ぐ」
――片霧烈火「泣殻」――







少女と別れ、二人は階段を下りた。
少女の言うとおり、階段は正常に戻り、終わりはすぐに見えた。

「…ようやく着いたな。それで、門の前の奴ってのは…」

目を凝らすと、遠くに複数の人間の姿があるようだった。
何かをやっているようだが、遠目では良く分からない。

「何をやっているのかしら」

「…さあ。が、きっとロクなことじゃないんだろうな」

近づきながら、そんなことを言い合う二人。
と、ようやく姿が見えてきた。

「お、俺じゃねえ!俺は…!」

「そんなことは聞いていませんよ。さあ、答えてください」

黒いローブを着た若い男――どことなく神官長に似ている――が、ボロを着た男と何かを言い争っている。

「ひいいいいいい、い、い、嫌だ……!
 そ、そこの人!助けてくれええええ…!」

「…おや、見学者ですか?」

と、二人の男が、騎士と剣士に気付いた。

「いや、それより、門の前にいる男ってのはあんた達のことか?」

「『門』……ええ、そうなりますね」

「じゃあ、教えてくれ。ここの連中はどこに行ったか知っているか?」

「ええ、もちろん答えられますよ。『何処にも行っていない』とね」

「…何?それはどういう――」

「皆ではなく、あなた方がここに来たんですよ。
 ……いえ、厳密に言えばあなた方も何処にも行っていないんですが…。
 ああ、失礼。ともかく、あなたがたは別の世界に来たんです。
 …さて、それでは私からも【質問】を……」

黒いローブの男が何かを言おうとした途端、先程まで大人しくしていたもう一人のボロを着た男が、騎士に向かって叫んだ。

「お、お、お願いだ!あんた……そこのあんた、助けてくれ!」

「……何をどうやって助けろって言うんだ」

「ふ、ふ、ふざけるなっ!!こっちは命がかかってるんだぞ!」

「命とは大層だな」

黒いローブの男を半眼で睨む。
が、男は平然と言った。

「裁きを行っていますので……そうだ。あなた方も参加しませんか?
 もちろん、負ければ死んでもらいますが。
 そうすれば、彼にもチャンスができるんですがねえ…」

「断る。そんな趣味はない」

「私も遠慮します」

チャンスというのが少し気になったが、二人は無碍もなく断った。
当然であろう。罪を犯したのなら、相応の罰は受けるべきだ。
と、二人がこの場を去ろうとした時に

「……!そ、そうだ!おい、あんたら!
 俺はどうやってここから脱出すれば良いかを知ってるぞ!!」

「…本当だろうな」

「ほ、本当だ!それにほら、ここのルールを覚えてるだろ!」

「【質問】したら【質問】に答えるってやつか…」

「ああ、そうだ!ゲームのルールはそいつから聞いてくれ!」

つまり、処刑はゲームで行っているということか。

「…分かった。それじゃあ、俺が参加しよう」

「いいえ、私も参加するわ」

騎士は驚いて、止めさせようと口を開きかけ――そのまま閉じた。
きっと、無駄なことだ。

「……分かった」

「では、その椅子に座ってください」

ふと見ると、ボロを着た男の向かいに椅子が二つあった。
…気付かなかった。
いや、それどころか、ボロを着た男が椅子に座っているということにも、何故か全く気付かなかった。
…二人は訝しがりながらも、勧められるままに椅子に座る。
と、頭に妙な感触が生まれた。

「何ですか?」

「帽子ですよ。色は見ないでくださいね。
 ……それでは、ルールを説明しましょう。
 まず、あなた方に配った帽子は黒か白のどちらかです。
 帽子は黒が2つ白3つあります。
 自分の帽子の色を見ることは出来ません。他人はかまいませんがね。
 また、本来ならば他人の帽子の色を教えることも反則ですが…。
 まあ、今回は特別に一度だけ許可をしましょう。
 自分の帽子の色を当てればあなたの勝ち。自由の身になります。
 逆に、外れれば死んでいただきます」

「…なんとも、悪趣味な」

「最後のチャンスといってもらいたいですね。
 それに、こういうゲームは本性を見ることができますので。
 …それでは、どうぞ始めてください」

「……な、なあ。あんたら。教えてくれねえか。
 一体俺は、何色の帽子を被っているんだ?」

「少しは自分で考えろ」

半分嫌味のつもりで、騎士は言った。
当然ながら、ボロを着た男は怒り狂って怒鳴り散らす。

「分からねえから聞いてるんだよ!いいからさっさと答えろ!!」

「そうか。じゃあ教えてやるよ。
 …お前の帽子の色は、白だ」

騎士がそう言うと、ボロを着た男は何度もお礼を言って、高らかに「白!」と叫んだ。
すると、黒いローブの男が苦笑を浮かべながら「正解です」と言った。
ボロを着た男は帽子を脱ぎ捨て、椅子から立ち上がって、二人の制止も無視して何処かへと駆けていこうとした。
――が、その動きが途中で止まる。

「な、なんだこりゃ…!?」

男の足が、神殿の床から離れない。
まるで蜘蛛の巣にでもかかったように。
と、黒いローブの男が嘲笑しながら言った。

「まだ【解答】をしていませんからねぇ。それでは無理ですよ」

「【解答】だと…!?知らん!俺はそんなの知らん!!
 あの変態どもにでも聞いたらどうだ!」

「何処にいるのかも答えてください」

「ここの2階だよ!早く動け、畜生めっ!!」

悪態づいた瞬間、止まった時が再び動き出したかのように、男の足が上がる。
よろけながらも、男は懸命に前に進もうとする。
と、その背に目掛けて騎士が怒鳴った。

「…おい!俺たちの帽子の色も教えてからにしろ!」

「嫌だね!そこで俺の代わりに、一生、二人仲良く過ごしてな!!」

…そうして、男は走り去って行った。

「…さて、あなた方はどうでしょう。解れば自由の身ですよ」

「解るか!解ってたらとうの昔に逃げ出してる!」

騎士が叫ぶ。

「…あ!」

その瞬間、剣士が【解答】に気付いた。







――やれやれ。私としたことが、ヒントをあげるチャンスを与えるとは。
――解答はこの下にありますよ。ご注意ください。
























―――それでは、【解答】といきましょうか―――
















――解答――

まあ、私は彼等がどうして知ったのかを尋ねませんでしたから、これはあくまで予測なんですが…多分、間違ってはいないでしょう。
まず、あの男の発言に「分からねえから聞いてるんだよ!」というものがありましたよね?
帽子は「白」が3つで「黒」が2つです。
ということは、騎士と剣士の帽子の色が両方とも「黒」ということはありえません。そうなったら、自分は残った黒だということが解りますから。
そして、騎士も「解るか!」と言っていますね。
剣士はきっとこう考えたのでしょう。
「もし自分が黒なら、騎士は二つの白と黒の帽子を見てこう考えただろう。
 『もし自分が黒なら、あの男は黒の帽子が二つ見えることになる。
  それならば自分が白だと解ったはずだが、男は分からないと言った。
  つまり、自分の帽子の色は白だ』と。
 しかし、実際には彼は「解らない」と言っている。
 ということは、自分の帽子の色は白だ」――とね。

騎士も、その台詞で剣士が答えを出したので察しがついたのでしょう。
すぐに自分の帽子の色が白だと答えましたよ。
もちろん、二人はすぐに自由の身になりました。

…さて、私はこれから、あの悪魔を狩らなければ。
彼はここに来る原因となった罪は帳消しになり、解放されましたが――。
先程、自分の利己的な目的のためだけに嘘をつきました。
これは到底、許せざることではありません。
すぐに、ここへ連れ戻さなければ――。
それでは、急いでいるので、これにて失礼。