「燃え尽き 燃え尽き 戻れない約束の場所
 ちぎれた痛みで黒く染まる大地を駆けて
 上手に羽ばたくわたしを見つけて」
――天野月子「蝶」――







――階段の果てにある祭壇。其処には一人の老人が立っていた。
一体、どれほどの年月を何処で過ごせばそうなるのか。
老人は枯れ枝のような体躯から、強烈なまでの気迫を発している。

「…良く来おったな、若いの」

「……戻る方法、教えてくれるな」

「無論じゃ。…が、その前に一つ【質問】をしてからにしようか」

「――」

予想していたのか、二人は驚かない。
老人はふふ、と笑うと――ゆっくりと【質問】を語った。

「若いの。あんたらに聞くのはワシの『名前』じゃ」

「名前…?そんなもの、解るわけが…」

「無論、答えに至れるだけのヒントは出すぞ。
 ……さて、この祭壇の前方に宝玉があるな?
 その宝玉の下にある柱を、二つとも見てみるが良い」

言われるままに二人は柱に近づく。
…そこには、文字が彫られていた。

祭壇から見て左の柱。



 ズベベベドドザ
 ヂジビヅヅゼブ
 ヂジビブデバブ
 バダビ■デバデ
 バダゾゾデヂゾ
 バダボズズズゾ
 ゼゼヅヅヅビゾ



祭壇から見て右の柱


エトランゼはヤミイロの釘を
つきさした。ああ、是が、秋
霜烈日永久にナゲキ、穢れを
もつサケビは、今もクライ。
千辛万苦痛み、泣くミライ。
どこまでも、時はザンコクに
もう、この地にヒカリは…。
アクマは涙し、サケビ、ヤミ
イロの釘をそのテにした。あ
あ、命がナガレ、キエテユク





「…………」

――暗号が解けたのか。それとも、直観か。
剣士はその名を叫び――。
老人は、悲しそうに俯いた。
……沈黙は、どれほど続いたのか。
やがて――「世界」が揺れた。

「な……!?こ、これは――!」

「崩壊じゃよ、若いの。この世界はもうもたん。
 早くお逃げなされ。出口は、そこにもう出ておる」

「――!?」

――いつの間にか、祭壇の中央に、蒼い光の渦が現れている。

「…【掟】はもうない。足止めするものも、もうない。
 往きなされ。往って、その幸せを守り通しなされ」

「しかし、お前は――!」

「何――。ワシはもう、存分に生きた。
 心残りも、これで無くなった。だから――」

――剣士が、後ろからそっと、その細い体躯を抱きしめた。

「……あなたも」

来なさい、と言いたかったのか。
言葉の後半は、掠れていて、老人の遠い耳には届かなかった。

「――」

それでも、老人はかぶりを振った。
――言いたいことはわかっている。けれど、それはできないんだ。
そう、沈黙をもって語った。

「――連れて行ってくれ」

「…大丈夫だよな?」

騎士が心配そうに尋ねる。
老人は、フッと笑って。

「ああ、大丈夫だ。正直、さっきまでは少し不安だったが――。
 どういうわけか、協力者が現れた」

「協力者?」

「姿は視ていない。が、自分はこれで約束を果たしたと言っていた。
 しっかりと送るように、とも」

「そうか。じゃあ、ネリスは無理矢理連れて行くぞ」

「ああ、あんたに任せる。僕はもう、あんたの知っている存在じゃない。
 ……ただ、一つ願いを言わせてくれ」

――そうして、老人は、語った。

「――在り得ない話だけれど。
 もしも、あんた達のところに、居場所を失った馬鹿が来たら――。
 嘘でも言ってやってほしい。「ここがお前の居場所だ」って」

「分かった。ちゃんと言っておく……。ネリス、行くぞ」

「……駄目。やっぱり私は、見捨てておけない!」

「ふざけるな!このままじゃ、全員死ぬぞ!」

「それでも良い!私……私、もう…離れたく、ない…」

「―――そう。それじゃ、仕方ないね」

鈴のような声が響いた。
――瞬間、剣士の体が崩れ落ちる。

「何……!?」

「…大丈夫だってば。さっきも言ったけど、呪縛の邪眼。
 動きを止めているだけだから、怪我はないよ。
 帰る前には解くから。安心して行って」

――黒衣の少女は、こんな時でも、能天気な表情を浮かべながら言った。

「…恩にきる」

「うん。もし、また会ったらよろしくね」

少女は、ニコリと笑って、冗談か本気か解らないことを言った。

「……お主、まだ残っておったのか」

「まあね。どうなるか気になっちゃったし」

「――だが、お主は強制されて動いただけじゃろう?
 何でまた――」

「理由はないよ。私は私の思うとおりに動くだけだから。
 従ったのも、あくまで私の意志。誰にも強制なんてされていない」

能天気な表情。緊張感にかける声。
――けれども。その瞳は、何よりも強く――

「――そうか」

――そして、気高かった。
まるで、どこかの世界にいる「死神」と呼ばれたモノのように。

「…じゃ、今から入るから、入ると同時に解いてくれ」

「こっちはいつでもいいよ」

「――じゃあな。名前は知らないが、ありがとう。
 それと、そこの耄碌爺。死ぬんじゃねえぞ」

――飛び込む。
瞬間、剣士が暴れだす。
が、体勢も悪く、力も騎士に劣った剣士が抜け出せるはずもなかった。

「……!!」

――暴れながら。○○さ○は何かを叫んでいた。

「…ジ……!!」

――それは、遠い昔に無くしたもの。
もう二度と、見つかるはずの無い忘れ物。
こうして夢に見るほどに、欲しがっていた物。

「ザ……!!」

「……いいの?後悔するよ」

「……構わぬ。ワシは、もう――」

――その時。



「ザジ…!!」


剣士――否、姉さんが、叫んだ。
僕の名前を。

「…姉さん!!」

思わず、叫んだ。
叫びながら、老骨に鞭を打って走った。
伸ばした手は――何も掴まずに、空を掻く。
……指先に、僅かに温もりが残った。

「……」

気付けば、黒衣の少女の姿もない。
きっと、もう目覚めたのだろう。

「あやつ……どうしようもなく、寝起きが悪いと思える」

くく、と、涙を流しながら笑った。
何か別のことを思わなければ――狂ってしまいそう、だった。

「――」

世界が崩れて逝く。
…この老人は、ここから抜け出すことはできない。
永遠に。
――何故なら、この身は、もう――

「…何だ、爺さん。もう諦めるのか」

「――?」

振り向いた先には、若い金髪の男がいた。
軽そうな雰囲気に似合わず、強い力を感じた。

「……」

気配を感じ、再び振り向く。
――感情の無い瞳で、こちらを眺める少女。

「――あら、私が一番遅れたようですわね。
 …あんな所を彷徨っていたからかしら?」

ほほ、と笑いながら、奇妙ないでたちの女。

「…御主達は」

思わず、問うた。
気付けば、周りはダーマの面影などなく、一面に闇が広がるだけだった。

「名前を聞くのはご法度、だろ?」

「ですから私達、わざわざ仮の名称までつけましたのに」

不服そうに、女が言った。

「あんたは凝り性だからな。「彼」や「彼女」でもいいだろ?」

「それでは、雅さに欠けますわ。折角の夢ですのに、そんな味気ない…」

「違いない。嬢ちゃんはどうだい?」

「……」

「無反応、か。むしろ、名称をつけただけましだな。
 『人1』や『人2』じゃ、呼んでいるほうも解り辛いからなぁ」

はははは、と、金髪の男が笑った。
女もつられた様に、ほほ、と笑う。
ワシは、頭が混乱してきた。

「何を言っておるんじゃ!!大体、御主達は――!」

「…気付いているのでしょう?お爺様」

「あんたと同じ存在。【設計図】の持ち主だ」

「……」

――金髪の男。妙ないでたちの女。感情の無い瞳の少女。
彼等の『世界』は…さぞや、奇怪なモノだっただろう。

「――は。それで、ここに何用じゃ?それとも、ここはあの世か?」

「――まさか。私達は全員、死を超越した存在ですが――」

「まだ、誰も完全に『死』んではいねえなあ。そこの嬢ちゃんも含めてな」

少女は相変わらずの無反応。
元々、返事など期待していないのか。金髪の男は気にせずにはな死を続けた。

「ここはあの世じゃねえ。…そうだな。強いて言うならば――」

「――ページの間……」

ぽつり、と。少女が言葉を漏らした。
それがよほど意外なことだったのか。金髪の男も女も、驚愕の顔を浮かべる。

「……それはまた、言いえて妙ですわね。
 ――そう、ここは、長い長い物語の、ページの隙間ですわ」

「果てしなく終わりに近い――けれど、まだ終わっていない物語。
 俺達は、その結末を変えに来たんだ」

「結末を…変える?」

「ええ」

女が、心底愉しそうに言った。

「今まで、散々振り回されて来ましたから。
 最後の最後――――こうして、自由になった暁には――復讐をしようと。
 固く、心に誓っていましたので」

「俺も同じだ。俺にしてみればいつものことだが、俺のお気に入りを、話を面 白くするためだけに呼び出したってのは気に喰わないんでな。
 積年の恨みと合わせて、返してやろうと思ったのさ」

「……助けたかったから」

「…とまあ、こういうわけなのですよ、ご老体。
 ――俺達は、それぞれの理由があって、この『モノガタリ』の『結末』を」

「――完膚なきまでに叩き壊し、崩し、潰し、逆しまにしてあげますわ。
 そのために、私達は――」

「…命を、助けます」

――そんな、馬鹿な。
自分は、とうに死んだ身のはず――。

「…いや、まだ死んじゃいないさ」

「もっとも、このままにしておけば、数瞬後には、直接的にか間接的にかは存 じ上げませんが、あなたが死んだという表現が出るのでしょうね」

「…その結末を変えます」

「――奇しくも。ここに集まったのは、それだけの事ができるやつばかりだ」

「ええ。私も「本体」がありますので、存分に力を振るえますわ。
 この子も、それだけの力があります」

「……」

「…では、ワシは――」

「ええ、生きてもらいますわ」

「…ちなみに、あんたの意見は全て却下だ。
 俺達はどうあっても、あんたを存命させる気でいるんだからな」

「…これは、夢、だから」

「――そうだな。これは夢だ。夢だから、目覚めたら全て忘れる。
 夢を形作ったものしか覚えていないだろうな。
 …だからこその逆転劇だ。
 俺達が忘れても、夢を形作った者は永遠に覚え続ける。
 それは、なんて――究極の復讐なんだろうな」

「…ええ。それも、変えられるのは結末。
 私でしたら、全てを壊したくなるほどに怒り狂うでしょうね」

ほほ、と笑いながら、女が手を差し伸ばす。
男と、少女が、女の手に、自らの手を差し伸ばし、重ねる。

「――ありがとう」

…僕は、手を差し出した。













――よう、また会ったな。
――それじゃあ、最後の解答と行こうか。























―――俺が最後ってのも、何か照れるな―――
















――解答――

じゃ、話が完全に終わる前に、さっさと終わらせようか。
…なんか、妙に時間がかかったような気がするけど、気のせいだよな。
…さてと、暗号は二つか。
多分、それぞれ二つの言葉に隠された文字を解けばいいんだろう。
とりあえず、片方。左の柱に刻まれた暗号から解こうか。

 ズベベベドドザ
 ヂジビヅヅゼブ
 ヂジビブデバブ
 バダビ■デバデ
 バダゾゾデヂゾ
 バダボズズズゾ
 ゼゼヅヅヅビゾ

この暗号、バ行とザ行とダ行のカタカナしかねえよな?
これはちょっとした特殊な読み方があるんだよ。
まず、左上から右下までを呼んでみな。
次は右下から左下。そして、左下から左上。
…もう分かっただろう?これは、渦を巻くような感じで読むんだよ。
ABBCCC→AABBBC→AAABC→ABBCCC……みたいにな。
まあ、一つの組み合わせが終わるたびに、カタカナの段が一つ降りちまってるから、ちょっとややこしいけどな。
…さて、この暗号は■に入る文字を当てれば良いんだろうが…。
まあ、この組み合わせから考えれば「ザ」か。



次に、右にあった暗号を解こうか。

エトランゼはヤミイロの釘を
つきさした。ああ、是が、秋
霜烈日永久にナゲキ、穢れを
もつサケビは、今もクライ。
千辛万苦痛み、泣くミライ。
どこまでも、時はザンコクに
もう、この地にヒカリは…。
アクマは涙し、サケビ、ヤミ
イロの釘をそのテにした。あ
あ、命がナガレ、キエテユク

…なんか、カタカナと平仮名が多い文章だと思うだろ?
漢字も不自然に固まってるし。
これはな、漢字を記号に置き換えてみると分かりやすい。
とりあえず、今回は「■」に置き換えてみようか。

エトランゼはヤミイロの■を
つきさした。ああ、■が、■
■■■■■にナゲキ、■れを
もつサケビは、■もクライ。
■■■■■み、■くミライ。
どこまでも、■はザンコクに
もう、この■にヒカリは…。
アクマは■し、サケビ、ヤミ
イロの■をそのテにした。あ
あ、■がナガレ、キエテユク


…とまあ、文字が浮かび上がってくるわけだ。
見る限りでは「ジ」だな。
だから、こいつの名前は「ザジ」が正解だ。
……これで終わりか。ちょっと寂しいな。
ま、長い物語もいずれは終わるってことだな。
そんじゃま、またいつか、どっかで会おうな!


















……さて、それでは最期に一曲。













千の秋が訪れて 涙枯れたとしても 続く夜に負けないで 朝の光信じて

〜霜月はるか/riya『廻る世界で』――