朝日が昇ったばかりのダーマ神殿。
春の陽光が差し込む廊下を、大きな欠伸をしながら歩く人影一つ。

「ふああああ……あ、グーレイグさん。おはようございます」

「お早うございます、フォズ。何だか眠そうですね」

苦笑を浮かべながら、グーレイグが言った。
フォズはしまったとばかりに慌てて顔を引き締めながら

「え、ええ。昨夜は、妙な夢を見たような気がするので」

「へえ…どんな夢なんですか?」

「それが、良くは覚えていないんですよ。
 なんだか、とっても素敵な夢だったような気はするんですが」

グーレイグはニコリと笑って

「それは良かった。実は、私も昨晩夢を見たのですが、どうにも悲しい夢だっ たような気がします。良い夢ならば、今日の原動力…に……」

目の前を幽霊のように通り過ぎるマリアを前に、グーレイグが硬直する。

「あ…あの、マリア。どうかしたんですか?」

「――」

睨むだけで人を殺せそうな目で、しばらく虚ろにフォズを眺めているマリア。
が、突然、目元が緩み――

「フォズ様ああああああああああああああっ!」

「きゃああああああああっ!?」

勢い良く、飛び掛ってきて――

「ふんっ!」

「ぎゃうんっ!?」

――当然のように、グーレイグに叩き返された。

「…あ、す、すみません。つい」

「――いえ、お気になさらず。今のは彼女に非がありましたから」

いつの間に現れたのか、吹き飛ばされたマリアを抱きかかえながら、神官長。

「あ、お早うございます」

「お早うございます。神官長」

「ええ、お早うございます、フォズ様。グーレイグさん。それにマリアも」

笑顔を浮かべながらばきべきと、気絶したマリアの頭を殴っている。
…このままでは永遠の眠りにつくのではないだろーかと、フォズ達が心配し始めたところで、カシムとネリスが現れた。

「お早うございます。お二人とも」

「ええ、お早うございます、フォズ大神官」

「お早うございます。今日もいい天気ですね」

――どことなく様子のおかしい二人。
何というのだろう。何処となく悲しそうながらも、満足そうな。
それでいて、どこか決意を秘めたような。
…けれど、それを口に出して尋ねるほど、フォズ達は無粋ではない。

「――ええ、いい天気です。
 幸い、今日もお休みですし、皆でどこかに行きませんか?」

「いいですね、それ。じゃあ、どこにしましょうか?」

「お前んとこの花畑でいいだろ?
 それとも、どっかの街に行ってみるか?」

「カシム、どうせ遠出をするなら海の方に行ってもいいんじゃない?」

「はいはいはいは〜い!私、街に行きたいで〜す!」

「うお、もう復活した!」

「そうですねぇ。それなら、後学のためにふきだまりの街はいかがですか?」

「「謹んでご遠慮させていただきます」」

ダーマは、今日も平和だった。













「――」

墓標の前に、一人の老人が座っていた。
枯れ枝のような躯に、実際よりも尚大きく見える背中。
…その側には、一人の少女が花束を持って立っている。

「…ありがとう。おかげで、助かったよ」

「いえ。その、ところでお爺さん」

「うん、なんじゃね?」

「お爺さんは、お婆ちゃんのお知り合いですか?」

「……そうじゃな。遠い昔の知り合いじゃ」

懐かしむように、目を細める。

「これから、行くあては…」

「そうじゃのう……ここに住むというのも、ありかもしれんの。
 幸い、ワシは武術に関しては修行を積んできたからの。
 ここの連中の師範として余生を過ごすのも楽しそうじゃ」

わはは、と、豪快に笑う。
少女はつられたように微笑みながら、提案をした。

「でしたら、私のところに来ませんか?
 …先日、母も他界してしまいましたので。広くなっちゃったんです」

「おお、それはありがたい。
 それじゃあ、すまないがお言葉に甘えさせてもらおうかのう」

「はい」

何故、見ず知らずの老人を助ける気になったのか。
あえて答えるのならば、大好きな祖母と雰囲気が似ていたから、だろうか。
――その理由が解るのは、遠い果てのこと。

「……ところで娘さん。
 あんたは、祖父母に会ったことがあるんじゃろう?
 どんな人じゃったか、一つこの老人に教えてくれんか?」

「…祖母は、私の幼い頃に病気で死んでしまったので…。
 ですが祖父は、長生きをしましたよ。
 胴の割には足の短い人で、それを少し気にしていました。
 いっつも亡くなった祖母のお話ばっかりしていました。
 私は良く覚えてないけど……きっと、優しい人だったんでしょうね」

「……そうじゃな。優しい人じゃったよ」

――木枯らしが、頬を撫でる。
明日は、少しばかり寒くなりそうだった。


















「……やられましたな。まさか、最後の最後で逆転されるとは!」

「はん。自業自得ってやつさ」

「ええ。散々、下らない遊戯の駒として使われましたから。
 これくらいはやってもバチは当たりませんわ」

「……」

「――まあ、良いでしょう。
 結末が書き換えられた『モノガタリ』というのも、また面白い」

「歌劇の間違いだろう?
 題名は『狂った語り部が夢見た夢(セカイ)』
 出演者は御覧の通り。最後の最後に痛快なる演出がございます」

「…ふむ、気付いていましたか」

「当然ですわ。私達、夢を創る能力なんて持ち合わせていませんもの。
 そもそもの大本――他の誰かが創った夢という『世界』の中で、私達のよう な出演者が『国』という名の小さな夢を創る」

「ただし、世界が国に負わせた義務があった。
 《一つの【質問】をする度に一つの【質問】に答える》
 《名前が存在できるのはその『国』を創った『王』のみ》」

「そして《『出演者』の中から、『王』は『代表者』を選出する》
 《『代表者』が死ぬか、元の世界に帰れば『国』は消える》
 《『国』が消えた時、全ての『出演者』が元の世界で目を覚まし、『国』の   ことは『夢』として処理される》。
 そして、これが極めつけ。
 《『代表者』以外の『出演者』は『代表者』にパズルを提出する》
 本来でしたなら、無意識に出題できるような状況を作るのでしょうが…。
 …今回、いくらか例外はいましたわね。例えば、『王』とか」

「最期に一つ……《掟を破れば、二度と夢から目覚められない》」

「だからこそ、私達はあらゆる能力を使って、違反者を止めたのですわ」

「俺の時は止めるまでもなかったけどな」

「……お見事。全ての【掟】を見つけるとは、驚きました」

「――それで?私達は、これからどうすればいいのかしら?」

「無論、元の世界に帰っていただく。
 何、目覚めれば単なる夢で終わり――」

「…それは気に入りませんわね。ここでの夢は私の物ですわ。
 では、私はこれにて失礼させていただきます。
 …それでは、中々に楽しい夢でしたわ。
 ですけど、次回はもう少し、自由に見させてくださいましね。
 ――それでは、御機嫌よう」

「――ほんじゃま、俺も。先に戻ってるぜ、じーさん」

「……」





「――やれやれ。最後まで、思い通りには行きませんなあ」
…まあ、『命』と『存在』がある身を、自在に操ろうなどと思うこと自体、愚かな間違いであるのだろうが。

――モノガタリの、最期の1ページ。

小さな夢は、これで終わった。
残るは残夢と現のみ。




それでは皆様方。御機嫌よう

〜語り部〜









本は、閉じられた。